#天山引退
一昨日両国国技館で行われた『G1 CLIMAX 36』のメインイベントは、
猛牛・天山広吉の引退試合。G1でこの構成は異例中の異例だと思うし、
本来あってはならないこと。しかし、天山の最後の試合は、彼が大好
きだった“真夏の両国”が相応しい、というのも正解。セミファイナル
が終わった段階で僕も完全に心を切り替え、猛牛の最後を凝視した。
本名の山本広吉でデビューした頃から、天山は「プロ」だった。
同期は金本浩二、西村修。少し上に小原道由が居て、ちょっと経って
から入って来た後輩が小島聡。同年代の永田裕志や中西学、石澤常光
はアマレスの闘魂クラブを経由しているため、90年代初期の新日本
の前座戦線は、小原以下の5名で回していた。
同期の金本は典型的な「俺がオレが」系のプロレスラー。若手時代か
ら当たりの強いファイトを展開していたが、コレを真っ向から受けて
試合を成立させていたのは山本。金本vs山本のシングルは前座の名物
カードで、このシングルが組まれた日に会場に居合わせると、それだ
けで幸運を感じていたほど。
もう一人の同期、西村のデビュー当時は、あまりに線が細い上にセン
スもそれほど高く無い、という大器晩成型。何も出来ない西村を引っ
張るだけ引っ張ることで、ギリギリ「新日本の前座」の試合を構築。
いま改めて考えてみれば山本のセンスの賜で、彼が居なかったら後年
の“無我”は日の目を見なかったハズ。そう考えると、ちょっとゾッと
してしまう。
肉体改造して天山広吉として凱旋帰国しても、センスはそのまま。
どんな相手の技も正面から喰らい、相手の持ち味を存分に引き出す。
下手をすれば「便利屋」になりかねない立場だったが、天山の凄い
ところは「勝つべきところで勝つ」、という実力すらあったこと。
あまりに技を喰らったが故に、致命的とも思える怪我を何度もした
が、必ずカムバックしてくる姿勢はもう“尊敬”するしかない。
天山の最後の対戦相手は、最大のライバルにして最高のタッグパー
トナーでもある小島。約3年ぶりにリングに上がった天山は文字通り
満身創痍であり、立っているのもやっとの状態。それでも小島に対し
て「時間無制限」での勝負を要求し、10分近くリングに居続けた。
小島のラリアートからのフォールをキックアウトした時は、何かに
心臓をギュッと捕まれた気分。気が付けば僕は鼻水を垂らして泣き
ながら、天山に声援を送っていた。
最後まで、しっかり「プロ」の仕事をして魅せた天山。
新日本プロレス一筋で35年。デビューから引退式までを新日本“だけ”
で過ごした選手は、おそらく獣神サンダー・ライガーに続いて2人目。
天山広吉というプロレスラーがずっと新日本に居てくれた奇跡に感謝
すると共に、今後の人生が幸せであることを願って止まない。
次は、ライガーチャンネルのトークイベントに期待します!
いままで本当にお疲れ様でした。ありがとう、天山!カマーン!!