KID

「神の子」山本”KID”徳郁、逝去。
詳しい死因は明らかにされていないが、かねてより闘病中だったが進行
した模様。享年41。日本格闘技界でも屈指と呼ばれた天才は、あまりにも
早くこの世を去ってしまった。

K-1MAXのリングに上がった2004年以降の5年間、KIDは日本格闘技界の
主役で在り続けた。無駄の一切無いシェイプされた身体、端正なルックス、
そして何よりも「狂気」を含んだ俊敏な肉食動物のような格闘スタイルは、
あっという間にファンを虜にした。

残念ながら後年はカード・勝ち星に恵まれず、全盛期を知るファンには寂
しい結果が続いた。僕はUFCに於けるKIDの闘いを観る度に、あと5年早く
参戦していたら、と臍を噛んでいた。

しかし、あの5年間の強烈さは今でも全く色褪せる事は無い。
KIDに憧れ、格闘技を志した選手が何人も居る。あの5年が無ければ、日本
の格闘技の隆盛は絶対に無かった。日本MMA史上、最大の功労者は、間違
い無く山本”KID”徳郁である、と思う。

・・・寂しいなぁ、本当に。
ただただ、お疲れ様でした。でも、また必ずどこかで。

真説・佐山サトル

▼真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男 / 田崎健太

初代タイガーマスクとして一世を風靡した佐山サトルの評伝。
著者の田崎健太とは、あの「真説・長州力」を書いたノンフィクション作
家。あの本の好き・嫌いはともかく、取材力に関しては確実に信用出来る
仕事人であることは間違い無い。

・・・いやぁ、凄かった
まずハードカバーの単行本で500ページを超える物量だけでも凄い。これ
に加え、佐山本人や周辺の人々に丁寧に取材がなされており、いい加減な
記述・断定的な記述の類いが一切無い。内容に関しては、これまでいろい
ろなところで書かれてきた初代タイガーや佐山のエピソードとほぼ相違な
く、誤解を恐れずに言うのなら、壮大な「まとめ」を読んでいる気分。だ
けど・・・。

もし田崎さんで無い人間が「まとめていた」のであれば、そんなこととっ
くに知ってたぜ!的な、妙な否定を伴った感想しか出てこなかった気がす
る。キッチリ仕事の出来る作家さんが書いてくれるからこそ、僕らが特別
な感情を持たざるを得ない「唯一無二の存在」物語を楽しむことが出来
た、と思う。田崎さん、本当に感謝します。

そして改めて、佐山サトルという男の「天才ぶり」を思い知った。その上
で、佐山サトルというプロレスラー・格闘家が、今の僕にどれだけの影響
を与えてくれたのかも再確認出来た。

タイガーマスク熱狂したこと、旧UWFゾクゾクしたこと、シューティ
ング「恐ろしい競技が始まった」と感じたこと等を昨日のことのように
思い出す。何より、本人の意には沿わないのかもしれないが、僕が変わら
ずに大好きなプロレスの世界戻ってきてくれた佐山には、本当に感謝し
か無い。

願わくば、今後の佐山サトルの人生に正当な評価があることを望む。
佐山サトルの存在に人生を変えられた人間は、本当にたくさん居る筈なの
だから。

RIZIN11・浅倉カンナvsRENA再戦は・・・

やたら盛り上がっているG1 CLIMAX28だが、珍しく日曜に試合が組まれ
ていなかった。そんな狭間の日に、ひっそりと(でもないのかな?)開催
されたRIZIN11、メインだけYouTubeで確認してみた。

女子スーパーアトム級トーナメントを制し、名実共にRIZINの女王の座に
就く驚異の20歳・浅倉カンナに、ツヨカワクイーン・RENAが挑んだリベ
ンジマッチ。この試合、僕の予想通りの結果となった。

・・・得意の打撃が全く当てられないRENA。これはRENAが悪いのではなく、
カンナの距離の取り方が絶妙だ、ということ。有効打を殆ど貰わないまま、
面白いように何度もRENAにタックルを決める。RENAもテイクダウン後の
ディフェンステクニックを鍛えて来たようだが、ほぼ防御しか出来ない
ポイントが全く稼げない判定3-0でカンナがまたもや完勝した。

前回の対戦時には嬉しさを隠しきれなかったカンナだが、今回は「当然」
という表情で受けた勝ち名乗り。おそらくカンナ、バックボーン打撃系
の選手にはもう負けないかも。グラップラーと闘う時が次の審判かな?

負けたRENAは翌日の記者会見で「休業」を示唆。キャラクターを考える
と休業は非常に惜しいのだが、おそらく相当なショックだったんだろうな
ぁ、と思う。個人的には復活を望むが、MMAじゃなくていい気がする。

他の試合は一切観ていない。
というか、やっぱり観る気にならないんだよなぁ、この大会(^^;)。
天心が出るときくらいかな、やっぱり。

Thank you, DIFFER ARIAKE

本日、2018年6月30日を以て有明イベント会場ディファ有明閉館
最後のプログラムは総合格闘技DEEP。明日以降、長く続いた湾岸地区の
シンボル的存在だったホールは、もう二度と扉を開けることはなくなる。

そもそもディファは、かつてMZA有明と呼ばれたバブルの代名詞のような
コンサートホールだった。当時まだ音楽業界に片足を突っ込んでいた僕は、
交通の便が非常に悪かったこの会場に、何度となく通った。バブル崩壊と
同時にあっけなく営業を終了した「オシャレ」なホールは、取り壊される
ことなく単に立ち入りが禁止され、廃墟然とした雰囲気を醸し出していた。

そんなMZAが、2000年に突如営業を再開
名称を「ディファ有明」と改め、プロレス・格闘技の興行を主な用途とし
たから驚き。久々に訪れたディファが、かつてのMZAとほぼ同じ構造であ
ったことに、やや感動してしまったことを覚えている。

プロレスリング・ノアの拠点として、他にもあらゆるプロレス・格闘技の
聖地として、18年も営業を続けてくれたディファに感謝。MZA時代も含め、
生涯印象に残り続ける仕事もこのホールで多々経験させて貰った。

僕らの時代の徒花ディファ有明に乾杯!
もしかしたらもう二度と、この界隈に足を運ぶことは無いかもしれない・・・。

暴走王、引退!

暴走王・小川直也プロレス・格闘技の引退を発表。
今後は柔道界へ復帰、指導者の資格を取得した上で、東京五輪有力候補とされる
自らの息子・小川雄勢のコーチとなる模様。

小川の凄いところは、プロレス及びプロ格闘技のキャリアの中で、「名勝負」
定義される試合が殆ど無い、ということ。にも関わらず、やたら印象に残ってい
るのは、彼がいつも「事件」の渦中に居たから。そのタイミングは絶妙、そして
強運であり、結果プロレス史に名を残す選手となったのだから凄い。

プロレスに「強さ」が必要だった最後の時代の象徴だった、と僕は思う。
願わくば、PRIDEのリングでヒョードルに勝つ、みたいな明確な実績が欲しかっ
たところだが、危険な場面に躊躇なく踏み込む姿勢は立派。小川のおかげで溜飲
が下がった場面がいくつあったかしれない。

逆に、小川直也という劇薬が投入されなければ、プロレスと格闘技が良い意味で
明確に分断された今の時代は来なかった気がする。

引退かぁ・・・。
思い出が多すぎてちょっと整理が付かないけど、今のプロレス界に小川直也のニ
ーズが無いのも事実。だけど僕の中では橋本と並ぶ、愛すべき名選手だった。

お疲れ様でした!
息子さんが東京五輪で金を取れるよう、ガシガシ指導してください。
マジで期待しております!