さよならムーンサルトプレス

#闘魂三銃士 #スペース・ローン・ウルフ #610


▼さよならムーンサルトプレス 武藤敬司35年の全記録 / 福留崇広

スポーツ報知のwebサイトで連載された同名の記事をまとめ、200ページを
超える加筆を加えて再編成したもの。誰もが「天才」と認める平成を代表す
るプロレスラー・武藤敬司の35年が、ボリュームたっぷりに描かれている。

いわゆる通常のプロレス本と一線を画しているのは、ストーリーの基軸に
武藤の必殺技「ムーンサルトプレス」を置いていること。デビュー時から使
い続けていたこの技は武藤敬司を超一流プロレスラーの座に導いたが、代わ
りに日常生活すら困難となる深刻な疾患を産み出した。酷使された膝は完全
にボロボロの状態。普段の武藤敬司が移動に車イスを使用している、という
のは、ファンの間では有名な事実。武藤が文字通り身を削ってまで使い続け
この技を各所で絡めることにより、「評伝」「物語」にまで進化してし
まっているのだから凄い。

これはもう、福留崇広という記者の構成力文章力の勝利。
僕は武藤敬司が天才プロレスラーであることに全く異論は無いのだが、好き
かキライかで言えばキライなタイプ。故ジャンボ鶴田同様、持って生まれた
身体能力に頼るファイトスタイルに心を揺さぶられた記憶が無い。そんな僕
が、この本を読み終わる頃にはちょっとした武藤ファンになっている、とい
う事実。この書き手もまた、「天才」なのかもしれない、と言ったら褒めす
ぎ(^^;)かもしれないが。

先頃人工関節を入れる手術が成功し、新日本プロレスのMSG大会でグレート
・ムタとして復帰したばかりの武藤。相変わらずの天才ぶりを発揮し、米国
の観客を魅了したのは記憶に新しいところだが、もう武藤が月面水爆で宙を
舞う姿は二度と観られない。この本を読んだ所為で、その事実が急に寂しく
なったのだが、プロレスのリングからまだ「天才」は奪われていない、とい
“もう一つの事実”には感謝すべきだと強烈に思った。

掛け値無しに凄いノンフィクション
ちょっとでもプロレスに引っかかりを覚える人は、絶対読むべき!

夜の虹を架ける

#四天王プロレス #超世代軍


▼夜の虹を架ける / 市瀬英俊(Kindle版)

元週刊プロレス編集者市瀬英俊による、全盛期全日本プロレスの回顧録。
主要登場人物は三沢光晴・川田利明・田上明・小橋建太、いわゆる全日四天王
の4名に加え、G馬場・J鶴田・天龍源一郎・菊池毅・秋山準・Sハンセン他。
天龍革命後期から三沢NOAH設立までの時期、週プロで全日本を担当しなが
ら、編集長のターザン山本と共に影のマッチメイカーを勤めた、とされる作者
の、強大な思い入れが詰まった作品。

あの頃の全日本に対する僕の思いは、非常に複雑なモノがある。
生まれてから今に至るまで、基本猪木信者である僕にとって、全日本プロレス
とは目の上のたんこぶ三銃士の時代を迎えていた新日本プロレスに対し、そ
の試合の激しさで真っ向から対抗した全日本は、正直やたらウザかった

が、一度でも試合を観てしまうとそういう感情は引っ込めざるを得ない
何故なら四天王の繰り広げたプロレスはその説得力が尋常では無かったから。
相手のをけして避けず、首だろうが腰だろうが、ほぼどんな部位でも対戦相
手に無防備に差し出す。そればかりが、投げ技を本当に「脳天」から落とすの
だから、そういう試合を魅せてくれる選手たちに文句などある筈が無い。対極
に居た筈の新日ファンさえ黙らせたのだから凄い。

・・・四天王全員が(事実上)リングを去っている今、「四天王プロレス」の是非
を問う論争が各所で起こっている。論調は「やはりやり過ぎ」「選手も客も異
常だった」、そして「今のプロレスをダメにした」など、正直肯定的な意見は
殆ど出ない。本来これは我々ファンの側が論じて良い内容でないことは明白。
なぜなら、我々が「求め」なければ、彼らは「実行」しなかった筈なのだから。

だから。
誤解を恐れずに、そして失礼を承知で書くのだが、市瀬英俊にこんな作品を書
いて欲しくなかった、というのが本音。あの頃の週プロは間違い無く今起こっ
ている事態の主犯であり、我々も間違い無く共犯者である。あの時代で麻薬の
ような高揚感を味わった我々が今できる「贖罪」とは、人間を破壊してしまう、
もっと言えば人の命を奪ってしまうような「過剰さ」を、プロレスに出来るだ
け求めないことなんじゃないか、と僕は思っている。

市瀬さんはこの本を書くことでどうしたいのか?が、正直見えてこない
今後のプロレス界に警鐘を鳴らすことが目的なのか、それとも単に「あの頃は
凄かった」なのか。臨場感はたっぷりだし、文章にもさすがの迫力がある。
それだけに、目的を曖昧にしたまま終わってしまった感のある構成はちょっと
残念。あの頃の署名原稿のような、一刀両断さが欲しかったなぁ・・・。

消された文書

#琉球


▼消された文書 / 青木俊(Kindle版)

「潔白」に引き続き、青木俊の過去作品をば。
未だ著作は2冊しかないので、コレを読み終わっちゃうとしばらく青木俊作品
にありつけなくなっちゃうのが悔しいところなのだけど・・・。

今作品のテーマは「沖縄」、そして何かと話題の「尖閣諸島」
尖閣の領有権を巡る日中の綱引きの中で浮かび上がる古文書「羅漢」の存在。
コレを突き止めた女性新聞記者が、自らの姉の死の真相を知るために動き出す。
同時に日本・中国の動きも活発になる中、沖縄では・・・という内容。

・・・フィクションの筈なんだよなぁ、この本って。
恐ろしいことにオスプレイが墜落し、米軍基地反対派の沖縄県知事が誕生した
のはこの作品が書かれた後らしい。もちろん偶然だとは思うのだが、その後の
事実を踏まえた上で読むと、フィクションな筈の古文書の存在すら本当のよう
な気がしてくる。すげぇ作家だな、青木俊!と感じた次第。

読み終わってからちょっと考えた。
僕は沖縄が大好きだし、今後もずっと今までと同じように沖縄が存在してくれ
ることを願うのだが、今の沖縄の人たちは、日本の統治下にあることに幸せを
感じてくれているのだろうか?、と。

「フィクション」で簡単に片付けることの出来ない小説
ハードな社会派ミステリーが好きな人は絶対読むべき!

証言「橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退!」の真実

#破壊王


▼証言「橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退!」の真実 / V.A

宝島「証言」シリーズ最新作。
前回の「1.4」に続き、「晩年の橋本真也」にスポットを当てた企画本。
99.1.4以降、新日本退団前後から逝去までの間に橋本に関わった人たち
の証言集となっている。

読後ただただ思ったのは、橋本真也というプロレスラーの稀有な存在感
お世辞にもルックスは良くないし、大事な筈の試合ではコロコロ負けたし、
オンナ関係もよろしくない噂の飛び交う人だったのに、おおよそのプロレ
スファンは未だに強烈な印象を持っている。豪快で、無茶苦茶で、見るか
らに強そう、という、最近ではほぼ存在しなくなったタイプのプロレスラー
が、もうこの世に居ない、という事実が悲しくてならない。そんな思いが
新たになるような、印象的な証言集に仕上がっている。

今回インタビューに応えた人物の中に、当時の新日本プロレス社長だっ
藤波辰爾の名前があるのがポイント。「優柔不断」と一刀両断される
ことの多い藤波だが、あの時期の新日本で社長をやった場合、優柔不断
にならざるを得なかったのではないか、という同情心が。まぁ、元々僕
藤波信者だというのも大きな原因なのだが(^^;)。

もし「証言」シリーズがもう一度橋本関連の本を出すのであれば、次回
小川直也アントニオ猪木を引っ張り出すべき。特に小川のコメント
が取れれば、このシリーズは「傑作」として後世に名を残すと思う。

なかなかの良作。宝島のこの路線、凄く良いと思います!

潔白

#冤罪


▼潔白 / 青木俊(Kindle版)

EJ推薦図書
いわゆる司法ミステリーなのだが、これがとんでもない骨太な内容。扱われ
ているのは「冤罪」。それも「最悪」と言って良い状況の案件なのだから。

以下、ネタバレ注意で!

母子2名殺害で逮捕された男は、一貫して無罪を主張しながらも死刑を宣告さ
れてしまう。決め手はDNA鑑定で、被害者の女性から検出された体液が男の
DNAと一致したため。当然男は上告の準備をするが、驚くほどの短さで死刑
執行されてしまう。しかし、当時のDNA鑑定はあまりに未成熟で、現在の
技術で再鑑定すれば違う結果が出る可能性が高いという。男の無罪を信じる
は再審を訴えるが、容疑者死刑という結果を既に出してしまっている検察
側はそれをなんとか阻止しようとして・・・という内容。

・・・いやぁ、恐ろしい
正直、中盤で誰が真犯人なのかはおおよそ検討が付くし、ソレに関する伏線
の貼り方もやや強引な感。つまり、ミステリーとしてはやや稚拙なのだが、
そんなことはもうどうでも良くなるほどの人間ドラマが、これでもか!とば
かりに展開される。そして、各所に織り交ぜられている他の冤罪に関しては、
殆どが実話なため、もしかしたら現実の「日本の司法」も、コレと似たよう
な状況かもしれない、と考えさせられる程の圧倒的なリアリティ。それが最
初から最後までずっと持続しているのだから凄い。

青木俊、只者じゃねぇぞ・・・。
取り敢えず別作品を調べてみたが、著作はこの作品を含めて3つしか無い。
あっという間に読んじゃう気がするな、3つとも。