水の通う回路(下)

▼水の通う回路(下) / 松岡圭祐(Kindle版)

さて下巻
上巻全てを使って初期設定を終えた物語は、予想通りジェットコースター系
ドラマに変遷。まぁ、とにかくいろいろ過ぎるくらいいろいろな事が矢継ぎ早に
起こる印象。ちょっとアイテムを並べて見ても、将棋・AV・コンピューター・
パチモノ・中国拳法薬物と、どう考えても繋がらないモノが瞬時に線になって
行くのだから、恐ろしい構成力、と脱帽するしかない。

さすがに完全版、時代考証等が現在にも絶妙にマッチ。そして、登場する会社等
が微妙に実在する団体っぽいから、リアリティが半端で無い。オリジナルを読ん
でいないから想像でしか無いのだが、このリライトは大成功だったと思う。
少なくとも、初見の僕にとっては相当質の高い作品であるのは間違い無い。

ただ!
まとめ方がちょっとだけ、ホンのちょっとだけ、ご都合が良すぎる気がする(^^;)。
説得力が無いか?と問われると、決してそんなことは無いのだが、最後の場面で
の突然のベビーターンには面食らった。まぁ、アリと言えばアリだけど。

松岡圭祐、取り敢えずもう1本の完結作品から読む!有名なシリーズ数本にも
やたら興味あるのだけど、かなりの長期戦になりそうなので。

水の通う回路(上)

▼水の通う回路(上) / 松岡圭祐(Kindle版)

松岡圭祐のわりと初期長編
サブタイトルに「完全版」とあるように、初版から改稿に改稿を重ね、現代の
状況に辻褄が合うようにセットアップされたモノらしい。そういうとこ、凄く
拘りそうな作家ではある。

ある日、日本全国のあらゆる場所で一斉に起こる子どもたちの事故。ある者は
自らの腹部をナイフで刺し、あるものは走行中のクルマに飛び込む。全員に共通
しているのは「黒いコートの男に殺されそうになった」という供述。当事者だけ
でなく、周囲の人間にまで目撃されている「黒いコートの男」が実在する気配は
無い。被害者に共通しているのは、全員が最新の人気ゲームソフトをプレイして
いた、という事実のみ。果たしてこの事件の真相とは・・・。という内容。

松岡作品にしてはかなり重い。電子書籍版は上下巻の2巻構成だが、上巻1冊を
使って各キャラクターの心情や立ち位置を明確にしている。おそらくは下巻で
謎解きが進んで行く、と思われるが、この初期設定の段階で既に「読ませる」
体勢を整えてくるあたりがさすが。特に巻き込まれたゲームソフト会社の社長
の心情描写はリアリティに溢れ、緊迫感が半端で無い。続きを読むのが本当に
楽しみ。

取り敢えず下巻は購入済み。ストーリーについては読破後に。

ふたつの名前

▼ふたつの名前 / 松村比呂美(Kindle版)

読みたい作家の新刊が今月末まで出ない事が判明。
ということで「読むモノに困ったらKindleストアで松村比呂美作品」を実践。
今回はシンプルなタイトルの作品を選んでみた。ちなみに長編

高齢者向けの結婚相談所でチーフを務める20台前半の女性が主人公。
仕事はもちろん、父母と同居する家庭も順風満帆。全く問題の無い幸せな生活
を送っているのだが、時折正体の解らない「不安」が襲う。主人公がその正体
を探り始めた時、全ての歯車が悲しく動き出す・・・というお話。

いろいろな要素が絡み合った作品なのだが、主題は「人間の正義」だと思う。
間違い無く正しいことをするために、法を犯さざるを得なかった人たちの苦悩
と葛藤が痛いほど良く解り、場面によっては苦しくなる程。当然展開は重苦し
いのだが、気がつくと読了していた、というくらい読みやすい。この作家の
文章は、そういう魅力に溢れていると思う。

そして「高齢者の恋愛・結婚」というテーマに踏み込んでいるのも注目すべき。
もう間もなく、否応無くそういう立場に立つ僕としても、考えさせられる点の
多い佳作であった。

まだ3月も初旬。松村作品、もう2、3読むことになりそう。

本日は遺言日和

▼本日は遺言日和 / 黒野伸一(Kindle版)

続けて黒野伸一作品をもう1作。
今度はもうタイトルからして何かあるとしか思えない「本日は遺言日和」
をチョイスしてみた。どんな日和だよ、とやや突っ込みつつ(^^;)。

かんたんに言うと、「遺言書を書くためのツアー」に参加した客数名と
このツアーを企画したイベント会社新人のお話。

なかなか企画の通らなかった新人女性社員。彼女が初めて通した企画書
「遺言ツアー」。美味しいお料理と温泉でリラックスしながら、ゆっ
くり遺言書を書く、という内容で、アドバイザーとして司法書士やカウ
ンセラーも参加する本格的なモノ。しかし、コレに集まった人たちは皆
一癖あって・・・という感じ。

「遺言書」に着目したところがすばらしい、と思う。
基本、死期が迫ってから書く、のが遺言書だと思っていたが、どうやら
そうでは無いようで。そして、コレがある・無いで、遺族の徒労の量が
違ってくる、という事実が非常に良く理解できる。
そして遺言書は、単なる遺産分配用紙ではなく、面倒を見てくれた人た
ちに伝えなければならないことを記しておける重要なアイテムであるこ
とを知った。いや、マジでいろいろ参考になったかもしれない。

ただ、ここに出てくる「イベント会社」っつーのが、なんか普通に腹が
立つ。こういうツアーを考えるのは基本旅行代理店なハズ。となると、
旅行代理店のハウスか。っつーといろいろやられたあの会社を思い出す。
ま、個人的な事だからどうでもいいけど(^^;)。

そしてこの人の本、表紙がいつもステキ
この表紙の風景をちゃんと覚えておいてから読み始めると、いろいろ
グッとくるかもしれない。

遺言について真面目に考えようとしてる人には超オススメ。
そうでない人も、コレを読めばきっと考えたくなる気がするな・・・。

経済特区自由村

▼経済特区自由村 / 黒野伸一(Kindle版)

限界集落株式会社シリーズでお馴染みの黒野伸一作品。
表紙の雰囲気とタイトルの感じから、限界集落と同系統の農業系町興し
モノを想像していたのだが、予想は残念ながら大ハズレ。ある意味で、
とんでもない内容異色作である。

舞台は自然豊かな廃村。ここでお金を使わず自給自足で生活し、住民
相互で施し合い、義務や強制の無い暮らしの実現を目指すコミュニティ
が存在する。ある者たちは自らの意思で積極的に、ある者たちは生活に
逼迫し否応無くここに参加。究極のエコロジー生活を実践しているが・・・。
ある理由でこのコミュニティに足を踏み入れた人間は、すぐにその異様
さに気づき、真相を探ろうとする。そこでとんでもない事件が起こり・・・。
という内容。

登場人物は多々居り、主人公が誰なのかもハッキリしない。逆を言えば
主要なキャラクターの全てが主人公になり得る構成であり、主軸を誰に
置くかで物語の風景は大幅に変わる。これはおそらく作者の狙い通り。
人によっては、何度か読み返したくなる作品だと思う。

エコロジーをモチーフにしながら、描かれるのはあまりにドロドロした
人間模様。読了後、この作品に「善人」と呼べる人はは何人居るのか、
確認すれば面白い気がする。

黒野伸一作品としてはかなり異色のミステリーで、読み終わってもやや
モヤモヤしたモノが残るのは否めない。それでもエコロジーに関する
記述や解説はさすがで、いつもの黒野作品同様の爽快感もちゃんとある。
読み応えはかなりのもの。ハッピーエンドを期待する向きの人も、
出来れば一度読んで一緒にこのモヤモヤを共有して欲しい。

実現可能なエコロジーとは何か?
それを考える上でのきっかけにはちゃんとなると思うので。