祝言島

▼祝言島  / 真梨幸子(Kindle版)

真梨幸子最新作。
1年に2〜3作品をコンスタントに上辞してくれるありがたい作家さんなのだが、
今回はちょっと間が空いた。ところがこのブランク、とんでもない作品を作る
ための準備期間だった模様。だって・・・。

僕の中では「イヤミスの教祖」として確固たる地位を築きまくっている幸子サマ
もちろん今作も大前提としてそのテイストはキッチリ保っているのだが、この
「祝言島」に関してはカテゴリを“イヤミス”ではなく、“ミステリー”に置くべき。
序盤から張りまくられるも、ラストにはきっちり回収される大量の伏線に加え、
恐ろしいまでに計算された叙述トリックの妙技。「本格」と呼ばれる中山七里や
大倉崇裕等の作品に引けを取らない、すばらしい構成。全く予想の付かなかった
ラストには唸るしかなく、女史にとっても会心の作品だと思う。

そして、「都市伝説」をテーマにしているのもさすが。
ファンタゴールデンアップルの時も感嘆した覚えがあるのだが、この祝言島も
どこまでがリアルでどこからがフィクションなのか全く解らない。本を読み終わ
った後で調べ物をせずにいられない状況を創ってしまう作家なんて、今この世に
何人居るか・・・。

久々に全方面・全方位の皆様に超オススメ。
稀代のイヤミス作家の真の実力を、いろんな人に知って欲しいと思う。
すっげぇな、この作家!

AX

▼AX / 伊坂幸太郎

伊坂幸太郎の新作は待望の「殺し屋シリーズ」
超一流の殺し屋にして超一流の恐妻家“兜”が主役を張る計5篇からなる
連作短編集。前の3篇は既に短編として発表されているモノだが、残りの
2篇は書き下ろし。この構成のおかげで、ちょっとした長編を読んだかの
ようなお得感すら感じてしまった。

氏のこのシリーズには本当に魅力的過ぎる殺し屋がこれまでも山ほど登場
した。その中でも大人気の“押し屋”こと槿に並び、圧倒的な存在感を誇る
名優・が、何とも言えない魅力を最大限に撒き散らす作品。

このシリーズに詳しい人なら、「兜の嫁最強説」を唱える人も数多く居る
と思う。もちろん僕もその一人である。伊坂作品には「鈴木の嫁」「泉
水兄弟の母」など、最強の嫁候補が何人か居るのだが、現在も確実に“生き
ている”と思われるのは兜夫人のみ。それだけでぶっちぎりでトップを走っ
ている気がするのだが、なによりあの兜が惚れた女性はいったいどういう
人間なのか、その謎の一端に触れることの出来る重要な物語であると思う。

いわゆる伊坂スタイルと呼ばれる妙にシニカルカッコイイ言い回しも多
々。文章はある意味ユーモラスで大いにニヤニヤ出来るのだけど、物語と
してのまとまり方尋常で無いレベル。もしかしたら、これまでの殺し屋
シリーズで「最強」の作品なのかもしれない。

・・・しかしこのシリーズの宿命とも言える展開、もちろんアリ
メチャクチャ面白いのは間違い無いんだけど、やっぱり一抹の寂しさも。
困っちゃうなぁ、こういう読後感(^^;)。

ナベちゃんのヨメ

▼ナベちゃんのヨメ / 辻村深月(Kindle版)

辻村深月シングルがもう一冊出ていたので、こちらもダウンロード。
Kindle SingleはだいたいUnlimited対象なので、こういう時に得した気分。
さてこの作品は、というと・・・。

「パッとしない子」同様、毒気の強いタイプの作品。
テイストは若干おとなしめで、読中感は「自分の非をやんわり窘められて
いる」感じ。しかし、読後に感じる居たたまれなさは全く同じなのが凄い。

友だちだと思っていた人が、ある日自然とそうではなくなる瞬間が、恐ろ
しいまでにリアルに描かれる。現実の人間関係もきっとコレと同じような
行程で起こるんだろうなぁ、と思うと、やっぱり少しやるせなくなる・・・。

自分でも気付いているのだが、僕には殆ど友だちが居ない。
今となってはその状態が実は非常に居心地が良いのだけど、数十年前は
さすがにその状況を自己嫌悪していた。もしあの時期にコレを読んでい
たら、ちょっと自殺したりしちゃったかも(^^;)。

この作家の人間観察眼は本当に恐ろしい。しかし、それがあるから辻村
深月は面白いんだ、と思う。でも、こういう系統の作品が彼女の中心軸
ではない、ということだけはちゃんと言っとかないと誤解を生みそう(^^;)。
従って、氏のダークサイドを味わいたい人にはオススメです!

MIX

▼MIX 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子 / 内藤了(Kindle版)

内藤了藤堂比奈子シリーズ第八弾
前回のBACKでまたもややってくれやがった「続きは次回!」で敷いた伏線
を拾いまくる回、と予測して読書開始。それはまぁ予想通りで、前に感じた
モヤモヤはかなり晴れた。だけど・・・。

今回のキーワードは「人魚」
人魚には以前からそれなりに興味があり、ファンタジー系はもちろんのこと、
「その屍肉を食べると異常に長生きする」的なちょっとオカルトに寄ったも
のまで、あるとあらゆる物語を読んできた僕が、ハッキリこう言わせていた
だきます。
「これまで読んだ人魚モノで、いちばん醜悪で吐き気さえ催す内容」と。

もちろんこれは作品全体の出来についての感想では無い。逆に猟奇犯罪モノ
としての秀逸さは格段にレベルアップしているし、物語もキッチリアタマに
入ってくるすばらしい内容。しかし、これまで僕が人魚について持っていた
イメージが完全に覆されてしまうほど、悪意狂気に満ちた作品であること
も間違いない気がする。

藤堂比奈子シリーズはドラマ化もされているけど、少なくともこのエピソー
ドに関しては映像化は無理。さすがにお茶の間ドン引きしそうだから(^^;)。

ちょっとばかり読むのに覚悟の必要な作品かも。
万人にオススメは出来ないなぁ、さすがに。

パッとしない子

▼パッとしない子 / 辻村深月(Kindle版)

ちょうど読むべき本がなくなり、Kindleストアを徘徊していたら見つけた
辻村深月シングル。一遍の短編だけが収録されており、読書に費やした
時間はたった10分。しかし、これが恐ろしい10分だった。

ここからややネタバレ注意
主人公はある程度の経験を積んだ小学校の女性美術教師。若い頃の教え子
(正確にはそうでは無いらしいが)に今をときめくアイドルグループのメ
ンバーが。彼に創作の機会を与えたことを、ちょっとだけ自慢に思ってい
る、という、実にありがちな教師。そんな彼女の元に、母校訪問のテレビ
番組の収録に件のがやってきて・・・という内容。

「ツナグ」などで一瞬垣間見える辻村深月の「毒」の部分が大きくクロー
ズアップされる物語。文中から感じるのは「怖い」という感情よりも、ど
うしようもない居たたまれなさ。もし自分がこの教師の立場だったら、と
考えると、背筋どころか全身に冷たいモノが流れると思う。

この10分の何が怖いのかというと、自分も彼女と同じことを既にやってし
まっている可能性が高いこと。そして、彼女と同じ職業だった僕の両親が、
やっぱり同じことをしていたんじゃないか?と考えてしまうこと。

僕にとっては問題作。かなり凄い作品であることは諸手を挙げて認めるけ
ど、個人的には10分間喉元にナイフを突きつけられているようなモノ。
長編じゃなくて本当に良かったと思う。

ただ、この作品および同系統の作品を含めた短編集がもし出るというのな
ら、無意識のうちにお金を払ってしまうかも・・・。そういう意味でも恐ろし
いです、コレ。身内に教師が居る人は読まない方が賢明かな?