King of American Rock & Roll

ロックン・ロールが好きだ。
僕の中で、「R&R」というジャンルは完全に確立化されており、かなり特定の
アーティストを指す。ストーンズビートルズ、そして彼らに影響を与えた
チャック・ベリービル・ヘイリーがソレに当たり、国内のアーティストなら
ストリート・スライダーズARBシナロケあたりも含まれる。

しかし、一般的に彼らと同じジャンルとされるエアロスミスはコレに含まれな
い。彼らのジャンルはハードロックだと思うし、そのフォロワーである日本の
レッド・ウォリアーズもそのくくり。やっぱりイギリスのバンドが多く、僕の
ロックン・ロールの中にはあまりアメリカのバンドは入っていないのだけど・・・。

唯一入っていたのがTOM PETTY & THE HEARTBREAKERS
ヒットチャートに入るくらいメジャーなバンドだが、出てくるサウンドはノリ
が良く、ルーズでキャッチーなR&R。ライブのパフォーマンスもかなりストー
ンズやディランの影響を受けており、それに不自然さが全くなくカッコイイ
なんというか・・・。「信念」のようなモノを感じる音楽を紡いでくれていた。

トム・ペティ(1950-2017)
フロリダ州ゲインズビル出身、アメリカンロックンロールの第一人者。
自らのバンド、THE HEARTBREAKERSを率い、イギリス・アメリカでブレイク。
代表作は「破壊」「ロング・アフターダーク」等多々。
カリフォルニア州マリブの自宅で心停止、緊急搬送されるも蘇生は叶わず。
享年66。#riptompetty

Mr.POGO

“極悪大魔王”こと、ミスター・ポーゴが23日に逝去。
死因は腰の手術中の脳梗塞。危篤状態に陥り、そのまま帰らぬ人となった。
享年66

日本人悪役プロレスラーとしては、おそらく日本でいちばん憎まれた
選手なのだと思う。大仁田厚松永光弘とのあまりに泥臭い一連の抗争は、
UWFや格闘技がトレンドであった時代に異彩を放ち、我々を魅了した。
プロレスをプロレスらしく魅せてくれた偉大な悪役だったと思う。

次にポーゴの勇姿を見る機会があれば、僕も以前同様盛大にブーイング
送るつもり。とにかく、いったん「お疲れ様でした」と言わせて貰います。
また必ず、どこかで。

※復帰を目指して手術を受けた現役プロレスラーに敬意を表し、敬称は略
させていただきました。

Chuck B Goode

Hi, Mr.Duck Walker.

All over the world feels sad , Do you know?
But I’m not sad more than everyone for some reason.

Reason?
John, Paul, Mick, Kieth,  and everyone praised you.
Because you were a GOD from the beginning for me.

So I don’t say good-bye.
God of Rock & Roll should be also there now all the while.

I respect you , forever.
B Goode for you , Chuck Berry

CALIFORNIA’S SUN GOES DOWN…

“カリフォルニアの太陽”の異名を欲しいままにした往年の名レスラー、
チャボ・ゲレロ氏が逝去。死因は肝臓癌、享年68。

獲得したタイトルはNWA世界ジュニアヘビー級アメリカス・ヘビー級
そしてNWAインターナショナルジュニアヘビー級など多数。父はゴリー
弟はマンド、ヘクター、そしてエディ、息子のジュニアもプロレスラー
という、典型的なプロレスリング・ファミリーの象徴であった。

藤波辰爾と共に、日本のプロレスに「ジュニアヘビー級」という概念を
持ち込んだ偉人。底なしのスタミナに加え、華麗な飛び技、強烈な関節技
をも駆使。ジュニアの枠に居ながら、ヘビー級の世界王者クラスと互角に
渡り合う、ワールドクラススーパースターだった。

レジェンド扱いとはいえ、昨年まで日本のリングにも上がり、元気な姿を
魅せてくれていたのに、まさか末期の癌だったとは・・・。

昭和53年寝屋川での藤波とのWWWF選手権は、あれからずっと忘れら
れない名勝負。あの試合が無かったら、僕はこんなに長くプロレスを観る
ことも無かったかもしれない。

世界一偉大な“小さな巨人”がこの世に存在してくれた事実に、僕は本当に
感謝します。また必ず観に行くので、その時はぜひエディとのタッグを。
本当にお疲れ様でした・・・。

“SUPERFLY” passed away…

スーパーフライの異名を取り、全世界的に人気者だった初代ECW世界ヘビー級
チャンピオンジミー・スヌーカ氏が、1月15日(現地時間)に逝去。享年73。
死因は今のところ不明だが、かねてから胃ガンを患っていた模様。

日本で知られるようになったのは、1978年頃ミッドアトランティック地区
での映像が「世界のプロレス」等で紹介されるようになってから。(※初来日
は以外に早く、1971年の日本プロレス)この時代のリッキー・スティムボート
リック・フレアーとの抗争は凄まじい内容ながらも洗練されており、後に多
くのフォロワーを産み出した。リッキーとの一戦は全日本にも直輸入され、
アメプロファンを魅了。日本に於けるリッキーの名勝負は正直この試合しか思
い浮かばない。全てスヌーカの技量だった。

ブルーザー・ブロディのベストパートナーとして、今やすっかり伝説となって
いる“後楽園超獣決戦”に参加。もしこの時、超獣コンビそれぞれのパートナー
スヌーカ・ゴディで無かったら、この試合は伝説になっていなかったと思う。
この試合に出場している4人のうち3人までがアチラに。さすがに・・・。

ミック・フォーリースヌーカvsバックランドの試合を観てプロレスラーにな
る決意をした、というのは有名な話。そしてスヌーカのスーパーフライが無け
れば、RVD5スタースプラッシュエディフロッグスプラッシュは生まれ
なかったし、棚橋ハイフライフローも無かった。

現在のプロレスに大きく影響を与えてくれた偉大なプロレスラーに感謝。
またどこかで、スーパーフライを。