Charlie Watts

#THE GREATEST DRUMMER at ALL TIME


・・・チャーリー・ワッツ逝去のニュース。

2021年8月24日、ロンドン市内の病院にて、家族に看取られなが
らこの世を去った。享年80

まもなく始まるTHE ROLLING STONESのツアーへの不参加を表明
しており、もしかしたら自らの最期を悟っていたのかもしれない、
と思った。そうでなければチャーリーがあれだけ愛していたストー
ンズのステージに「出ない」という選択肢は無い。

若くして亡くなったスティーブ・ジョーンズはもちろんのこと、
ミック・テイラービル・ワイマンという『大物』が脱退しても
全く揺るがなかったローリング・ストーンズ。でも、チャーリー
【離脱】次元の違う大事件。今後のストーンズを、僕は果た
してストーンズとして認識できるのだろうか?

力尽きてもおかしくない年齢なのは解る。
ストーンズは僕らの親の世代からずっと愛されていたバンドであり、
僕の人生にも本当に大きな影響を与えてくれた。極端な話、僕が死
ぬまでメンバー全員が生きていてくれる気がしていたのだけど・・・。

チャーリーのビートを「抜く」叩き方が好きだった。
世界中であの技をあんなにカッコ良く出来るジジイを、僕はチャー
リー以外に知らない。絶対にもう一度、チャーリーのドラムを観な
ければならない気がする。

だから・・・。だからまた、必ずどこかで。
だってチャーリーは、これからもストーンズのビートを刻み続けな
ければならない偉人なのだから。

Brazo de Plata

#LOS BRAZOS


偉大なルチャドール、ブラソ・デ・プラタ選手が死去。
死因は心臓発作。7月26日(現地時間)、メキシコで帰らぬ人となった
模様。享年・・・たった58

ファンに愛され、そして日本をこよなく愛してくれた名選手。
メキシコでは長くスペル・ポルキーのリングネームで活躍したが、日本
のファンにはプラタの名前の方が馴染みが深い。

初代タイガーマスクの全盛時が初来日で、その時はスラッとした若手だ
ったのに、数年後には今の体型に。そのコミカルさは他の追随を許さず、
多くの選手のお手本になった筈。

ただ、↑↑の試合のようにシリアス系のファイトでも存在感を発揮。
実際、ストリートファイトにおける鬼のような強さは有名で、プラタの
出る興行はマフィアも避けたらしい。そういうところも含めて、尊敬
値するプロレスラーであった。

・・・早すぎるよ、コレ。
これでロス・ブラソスの全員が天に召されたことになる。プラタにだけ
は長生きして欲しかった、本当に。

アチラではブラソスが復活することになる。
僕がそっちに行った時、いつものように皆を大笑いさせているプラタが
観たい。だから、また必ずどこかで。

Mr.TADASHI “KO” SAWAMURA

#キックの鬼


昭和40年代、代名詞となった「真空飛び膝蹴り」で一世を風靡し、日本に
キックボクシングブームを巻き起こしたキックボクシング元東洋2階級覇者
沢村忠氏が、千葉県内の病院で死去。死因は肺癌。享年78

異名「キックの鬼」
僕は沢村さんの全盛期にはまだ物心が付いておらず、アニメになってそれが
30%以上の視聴率を叩き出す程になった第一次キックブームを知らない。
意識してキックボクシングの試合を観るようになったのは藤原敏夫ベニー
・ユキーデの頃で、その頃沢村さんは既にリングを降りていた。が、藤原が
どんなに良い試合をしても、引き合いに出されるのは必ず「沢村忠」という
伝説。もちろんコレに興味津々だった僕は、ビデオで何度も沢村さんの試合
を確認した。

沢村忠の試合は、殆どが【WORK】であった、という説がある。
映像を確認すると、確かに試合が「派手」。今のキックの試合では殆ど成功
しない飛び膝蹴りが悉く決まるし、なんならドロップキックで決まる試合ま
であった。しかも、全盛期の平均試合数は年間20(!)。僕は競技者で無い
からなんとも言えないが、今のK-1等と比較すればあり得ない状況ではある。

ただ、WORK云々はともかく、沢村さんの試合はどれも面白かった
身体を見れば練習を怠っていないことは明白だし、おおよその試合で派手な
技を決める前の展開をしっかり構築している。今の武尊天心が持っている
ものと同じ「才能」が、この人には確実にあった。それだけは紛れもない事
実であると思う。

引退後、殆ど表に出ない、という生き方もカッコよかった。
願わくば藤原との闘いを観たかったけど、その楽しみは次に取っておく。

だから必ずまた、どこかで。
その時は試合をしている「キックの鬼」の姿を魅せてください。

LEON SPINKS

#NEON LEON #THE JUNK


WBA・WBC統一世界ヘビー級王者レオン・スピンクス氏が、2月5日
に死去。死因は明らかでは無いが、前立腺癌でかねてより闘病中であった。
享年67

故人に敬意を表し、以下敬称略で記載します。

モントリオール五輪金メダリストであり、プロでの世界王座獲得はあの
モハメド・アリを破ってのモノ。本来なら『伝説』の位置に居てもおかし
くない実績なのにも関わらず、ボクシングから退いた頃の生活は荒れ、一
時はホームレスにまで身を落としたという。

↑↑このアリ戦も「世紀の番狂わせ」と形容された。
確かにアリの動きは鈍く、後日アリ本人も練習不足であったことを認めて
いるが、実はスピンクスの攻めもなかなかのモノ。フロックであったこと
は間違いないと思うが、ラッキーだけでアリに勝つことは出来ない

そんなスピンクスを何故僕らが覚えているのかというと、アントニオ猪木
の対戦相手としてプロレスのリングに上がったから。あの試合は正直酷い
内容だったが、スピンクスは意外なカタチで日本のプロレスと関わりを持
ち続けることになる。

なんとFMWに参戦し、大仁田厚金網デスマッチで対戦する、という、
あまりにトリッキーな復活。しかも、通常のシリーズに全戦参加し、いわ
ゆる「ドサ回り」までこなした。この時期のFMW、僕は何度も会場で観て
いたのだが、この時のスピンクスは動きも良く、プロレスラーとしてしっ
かり成立。ボクシング出身のプロレスラーとしては、今もNO.1だと思う。

ボクシングの元世界王者でありながら、そのジャンクっぷりが際立つ、
あまりに見事な生き様だった。次の機会が出来れば、今度はスピンクスの
ちゃんとしたボクシングの試合が観たい。

だからまた必ず、どこかで。

Hank Aaron

#HOME RUN KING


メジャーリーグで活躍した往年のスーパースターハンク・アーロン氏が
逝去。死因は公表されていないが、重度の脳卒中を起こした模様。享年86

子ども向けの伝記が出ていたベーブ・ルースと共に、我々の世代にとって
伝説のホームラン王だったのがハンク・アーロン。我らが英雄・王貞治
目指した世界記録がアーロンの持つ【755本】であり、王さんが756号
打った時は大袈裟で無く日本中が祭り状態になったことを覚えている。

残念ながら現役時代の勇姿を拝むことは叶わなかったが、メジャーリーガ
ーの偉大さを教えてくれた最高の選手に敬意を表して。
どうか、安らかに。