探偵が早すぎる(下)

▼探偵が早すぎる(下) / 井上真偽(Kindle版)

わりとさっくり読み終わった井上真偽「探偵が早すぎる」下巻
上巻から舞台は転換。亡き父より5兆円の遺産を受け継いだ主人公の女子高生が、
亡き父の四十九日法要の日に、自らの命を狙う親族一同と対峙する、という、
言わば一点集中型の物語へシフト。矢継ぎ早にあの手この手で「事故死に見せか
けた暗殺」を企てる血縁者たちの企みを、基本実行される前(^^;)に悉く潰して
いく「早い探偵」の活躍が描かれている。

上巻でも感じたように、トリックの作り込みはなかなかすばらしい。
特に最後の刺客が計画した暗殺は正しく「コロンブスの卵」的な発想であり、
なんでソレに気付かない??、と自分を責めたほど。ミステリーのお手本と言っ
て過言の無いレベルだと思う。でも・・・。

これはもう好みの問題だと思うのだけど、中途半端なラノベ臭さが最後まで抜け
なかったのがちょっと残念。この作家、そういう部分はサクッと捨てて、いわゆ
「本格ミステリー」の道に進むべきだと思う。前述した通りトリックは優秀だ
し、説得力も充分。もしかしたら他の著作にはそういうものがあるのかもしれな
いけど。

上下巻合わせるとそれなりの長編になるのだが、それほど読むのに苦労しない
イプのミステリー。アレっぽさが気にならない人には良いと思う次第。個人的に
ちょっと惜しかったかな、やっぱり。

探偵が早すぎる(上)

▼探偵が早すぎる(上) / 井上真偽(Kindle版)

読むべき本がなくなるエアポケット状態。ここは軽いミステリーを読もう、
ということでKindleストアのリコメンドをチェック。タイトルだけを確認して
あ、コレ読もう!ということで購入した作品。しかし・・・。

実は完璧な勘違い(^^;)。
東川篤哉の新作だと信じて疑わなかったんだよね、タイトルの雰囲気から(^^;)。
つまり、抱腹絶倒系ユーモアミステリーが読める、とばっかり思っていたの
だけど、作家から内容から全然違っちゃった、ということ。ソレに買ってから
気付いたのだから、読む前にまず乾いた苦笑いが出た(^^;)。う〜ん・・・。

それでもまぁ、せっかく手に入れたのだから読んでみた。
井上真偽という作家はもちろん初めて。狙いとしては作り込まれたミステリー
の中にちょっとした笑いを散りばめる、という感じ。実際、ミステリーの組み
方は綾辻行人ばりの本格派で、トリックもかなり優秀だと思う。著者プロフィ
ールによるとなんと東大卒。なるほどなぁ、と思った。

しかし、問題点もいくつか。
まずはキャラクター初期設定荒唐無稽過ぎて、リアリティの類が一切感じ
られない。さすがに総額で兆を超える遺産を相続した女子高生身内から命を
狙われる、とか言われても全くピンと来ないし(^^;)。そして、キャラクター
氏名とか、ややバタバタする物語とか、そういうところに・・・あの・・・なんと
いうか、ラノベ臭(^^;)を感じてしまう。苦手っちゃあ苦手なんだよなぁ、こ
ういうの。

ただ、上巻だけ読んで終了、というワケにはいかない作品であることも確か。
総合的な評価は下巻読んでからだな、うん。

ネメシスの使者

▼ネメシスの使者 / 中山七里(Kindle版)

中山七里の新作。
お馴染みの渡瀬・古手川コンビが活躍するミステリー。故に、通常ならば極上
のミステリーを楽しませて貰うところなのだけど・・・。

前回読んだ「ドクター・デス」同様、この作品もやたらに「重い」
テーマになっているのは「死刑制度」死刑という極刑を配置しながら、何故
だかその判決を避ける傾向にある日本の司法に対するテーゼ、と言った感じか。

死刑判決を受けて当然の罪を犯しながら、無期懲役を勝ち取った凶悪犯たち。
死刑にすべき罪人を悉く無期懲役刑としてしまう裁判官
罪人の無期懲役刑執行後、やり場の無い怒りと絶望にさらされる被害者家族
身内だ、と言うだけで生活の全てを壊される加害者の身内
そして、彼らの狭間に立って苦悩する検察官と、“正義”に翻弄される刑事たち。

・・・まずはこの多様な登場人物たちのうち、加害者以外の誰に感情移入をして
読んだらいいのかを凄く悩む。ストーリーは決して難解では無いのだけど、
そこが確定しないうちに物語はどんどん進んでしまうので、感情のコントロー
が難しくなってしまう。速読を自負する僕だけど、この作品に関しては全く
無理。読中、章が変わる度に心を整理しないと、やりきれなくなってしまうの
だから。

氏お得意のどんでん返し展開もあるにはあるのだが、この作品に関してそこは
あまり重要では無いのかもしれない。とにかく、「考える」ポイントの多い、
ある種の問題作だと思う。

人の命の重さと軽さが交錯する、底冷えするような恐ろしい本
少なくとも現行の死刑制度の在り方一石を投じた内容である事は間違い無い。
しばらく悩みそうだな、この問題・・・。

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祝言島

▼祝言島  / 真梨幸子(Kindle版)

真梨幸子最新作。
1年に2〜3作品をコンスタントに上辞してくれるありがたい作家さんなのだが、
今回はちょっと間が空いた。ところがこのブランク、とんでもない作品を作る
ための準備期間だった模様。だって・・・。

僕の中では「イヤミスの教祖」として確固たる地位を築きまくっている幸子サマ
もちろん今作も大前提としてそのテイストはキッチリ保っているのだが、この
「祝言島」に関してはカテゴリを“イヤミス”ではなく、“ミステリー”に置くべき。
序盤から張りまくられるも、ラストにはきっちり回収される大量の伏線に加え、
恐ろしいまでに計算された叙述トリックの妙技。「本格」と呼ばれる中山七里や
大倉崇裕等の作品に引けを取らない、すばらしい構成。全く予想の付かなかった
ラストには唸るしかなく、女史にとっても会心の作品だと思う。

そして、「都市伝説」をテーマにしているのもさすが。
ファンタゴールデンアップルの時も感嘆した覚えがあるのだが、この祝言島も
どこまでがリアルでどこからがフィクションなのか全く解らない。本を読み終わ
った後で調べ物をせずにいられない状況を創ってしまう作家なんて、今この世に
何人居るか・・・。

久々に全方面・全方位の皆様に超オススメ。
稀代のイヤミス作家の真の実力を、いろんな人に知って欲しいと思う。
すっげぇな、この作家!

AX

▼AX / 伊坂幸太郎

伊坂幸太郎の新作は待望の「殺し屋シリーズ」
超一流の殺し屋にして超一流の恐妻家“兜”が主役を張る計5篇からなる
連作短編集。前の3篇は既に短編として発表されているモノだが、残りの
2篇は書き下ろし。この構成のおかげで、ちょっとした長編を読んだかの
ようなお得感すら感じてしまった。

氏のこのシリーズには本当に魅力的過ぎる殺し屋がこれまでも山ほど登場
した。その中でも大人気の“押し屋”こと槿に並び、圧倒的な存在感を誇る
名優・が、何とも言えない魅力を最大限に撒き散らす作品。

このシリーズに詳しい人なら、「兜の嫁最強説」を唱える人も数多く居る
と思う。もちろん僕もその一人である。伊坂作品には「鈴木の嫁」「泉
水兄弟の母」など、最強の嫁候補が何人か居るのだが、現在も確実に“生き
ている”と思われるのは兜夫人のみ。それだけでぶっちぎりでトップを走っ
ている気がするのだが、なによりあの兜が惚れた女性はいったいどういう
人間なのか、その謎の一端に触れることの出来る重要な物語であると思う。

いわゆる伊坂スタイルと呼ばれる妙にシニカルカッコイイ言い回しも多
々。文章はある意味ユーモラスで大いにニヤニヤ出来るのだけど、物語と
してのまとまり方尋常で無いレベル。もしかしたら、これまでの殺し屋
シリーズで「最強」の作品なのかもしれない。

・・・しかしこのシリーズの宿命とも言える展開、もちろんアリ
メチャクチャ面白いのは間違い無いんだけど、やっぱり一抹の寂しさも。
困っちゃうなぁ、こういう読後感(^^;)。