罪の声

#グリコ・森永事件 #たべたらしぬで


▼罪の声 / 塩田武士(Kindle版)

「騙し絵の牙」で唸りまくった塩田武士だが、ようやく個人的に2冊目となる
作品にチャレンジ。これがまた、とんでもなく読み応え抜群の逸品だった。

モチーフは今から35年前の1984年に起こった「グリコ・森永事件」
この作品はコレを「ギン萬事件」という架空の事件に置き換え、在阪の新聞社
が発生から30年後特集記事としてこの事件を掘り起こす、という設定。
この特集に何故か抜擢された畑違いの文化部記者と、当時各マスコミに送りつ
けられた脅迫テープの声の主「自分」だと気付いた2人の男が主人公。両者
が独自のルートで真相に迫り、やがて融合する・・・という内容。

もちろんこちらはフィクションであり、会社名や団体名は完全に変えてあるの
だが、話題になった脅迫状挑戦状の文面や事件の時系列、マスコミや警察の
動き等は事実のママ。僕自身も覚えのある昭和最大の「劇場型犯罪」の真相を
読んでいるかのような気分になったのだから凄い。

更に凄いのは、行間に垣間見える作者の思い
愉快犯を気取っていながらも、その内容は「市販の食物に青酸ソーダを混ぜる」
という、一歩間違えれば無差別殺人に発展しかねない、サイアクの犯罪。そして
あの脅迫テープは間違い無く「子どもの声」であり、知らずに関わってしまった
子どもたちの未来をも潰す行為である、という強い意志が如実に理解出来る。
こういう「芯」がハッキリした作品は久しぶりに読んだ。

リアリティは抜群であり、常に問題提起を続ける最高のミステリー。
これは絶対読んでおいた方がいい、と太鼓判を押しておきます。凄かった・・・。

初恋さがし

#イヤミスの女王 #高田馬場


▼初恋さがし / 真梨幸子

真梨幸子の新作は、前作の「ツキマトウ」に続く連作短編集
高田馬場という絶妙過ぎる場所女性スタッフばかりの探偵事務所を営む女社長
と、その周辺の人たちを描いた作品。

この事務所、「あなたの初恋の人を探してみませんか?」という、よく考えてみ
ればすっごく恐ろしいキャッチコピーで客を増やしているのだが、やっぱり厄介
な問題が多々起こって・・・という、ある意味普通な内容。

こう書くとユーモアミステリー的な雰囲気も漂うのだが、この本を10ページも
読めばそんな要素は微塵も無いことに気付く筈。真梨幸子という稀代のイヤミス
メーカーの才能は相変わらず冴えており、全編が人間の醜い部分の博覧会か、っ
てくらいの悪意に満ちている。この作家が凄いのは、出世作となったフジコも、
更にはそれ以前の作品からずっとそういう作品を書いていること。普通、これだ
け続くと書く方も読む方も絶対に「飽き」が来るのだけど、各作品ごとにそれぞ
れのカラーを出してくるから、興味が途切れることは無い。当たり前のように当
たり前のモノを出すことがどんなに難しいことかを体感的に知っている僕として
は、この仕事は驚異以外の何物でも無い。

そして、今や真梨幸子のもう一つの必殺技と言って過言の無い「ミスリード」
この作品でももちろん健在。読み終わった瞬間、暗黒の中に居る自分にゾッとし
ながらもニヤニヤ出来る、という、現段階で最狂のイヤミスだと思う。

今回は珍しく電子書籍版の同時リリースが無かったので、久々にハードカバー
購入。置き場所の問題から最近は出来るだけ紙の本を買わないようにしていたの
だけど、コレに関しては全くガマン出来ませんでした(^^;)。

イヤミス最高峰の実力が如何なく発揮された快作。
サイアクの読後感をお求めの方、是非に!

さよならムーンサルトプレス

#闘魂三銃士 #スペース・ローン・ウルフ #610


▼さよならムーンサルトプレス 武藤敬司35年の全記録 / 福留崇広

スポーツ報知のwebサイトで連載された同名の記事をまとめ、200ページを
超える加筆を加えて再編成したもの。誰もが「天才」と認める平成を代表す
るプロレスラー・武藤敬司の35年が、ボリュームたっぷりに描かれている。

いわゆる通常のプロレス本と一線を画しているのは、ストーリーの基軸に
武藤の必殺技「ムーンサルトプレス」を置いていること。デビュー時から使
い続けていたこの技は武藤敬司を超一流プロレスラーの座に導いたが、代わ
りに日常生活すら困難となる深刻な疾患を産み出した。酷使された膝は完全
にボロボロの状態。普段の武藤敬司が移動に車イスを使用している、という
のは、ファンの間では有名な事実。武藤が文字通り身を削ってまで使い続け
この技を各所で絡めることにより、「評伝」「物語」にまで進化してし
まっているのだから凄い。

これはもう、福留崇広という記者の構成力文章力の勝利。
僕は武藤敬司が天才プロレスラーであることに全く異論は無いのだが、好き
かキライかで言えばキライなタイプ。故ジャンボ鶴田同様、持って生まれた
身体能力に頼るファイトスタイルに心を揺さぶられた記憶が無い。そんな僕
が、この本を読み終わる頃にはちょっとした武藤ファンになっている、とい
う事実。この書き手もまた、「天才」なのかもしれない、と言ったら褒めす
ぎ(^^;)かもしれないが。

先頃人工関節を入れる手術が成功し、新日本プロレスのMSG大会でグレート
・ムタとして復帰したばかりの武藤。相変わらずの天才ぶりを発揮し、米国
の観客を魅了したのは記憶に新しいところだが、もう武藤が月面水爆で宙を
舞う姿は二度と観られない。この本を読んだ所為で、その事実が急に寂しく
なったのだが、プロレスのリングからまだ「天才」は奪われていない、とい
“もう一つの事実”には感謝すべきだと強烈に思った。

掛け値無しに凄いノンフィクション
ちょっとでもプロレスに引っかかりを覚える人は、絶対読むべき!

夜の虹を架ける

#四天王プロレス #超世代軍


▼夜の虹を架ける / 市瀬英俊(Kindle版)

元週刊プロレス編集者市瀬英俊による、全盛期全日本プロレスの回顧録。
主要登場人物は三沢光晴・川田利明・田上明・小橋建太、いわゆる全日四天王
の4名に加え、G馬場・J鶴田・天龍源一郎・菊池毅・秋山準・Sハンセン他。
天龍革命後期から三沢NOAH設立までの時期、週プロで全日本を担当しなが
ら、編集長のターザン山本と共に影のマッチメイカーを勤めた、とされる作者
の、強大な思い入れが詰まった作品。

あの頃の全日本に対する僕の思いは、非常に複雑なモノがある。
生まれてから今に至るまで、基本猪木信者である僕にとって、全日本プロレス
とは目の上のたんこぶ三銃士の時代を迎えていた新日本プロレスに対し、そ
の試合の激しさで真っ向から対抗した全日本は、正直やたらウザかった

が、一度でも試合を観てしまうとそういう感情は引っ込めざるを得ない
何故なら四天王の繰り広げたプロレスはその説得力が尋常では無かったから。
相手のをけして避けず、首だろうが腰だろうが、ほぼどんな部位でも対戦相
手に無防備に差し出す。そればかりが、投げ技を本当に「脳天」から落とすの
だから、そういう試合を魅せてくれる選手たちに文句などある筈が無い。対極
に居た筈の新日ファンさえ黙らせたのだから凄い。

・・・四天王全員が(事実上)リングを去っている今、「四天王プロレス」の是非
を問う論争が各所で起こっている。論調は「やはりやり過ぎ」「選手も客も異
常だった」、そして「今のプロレスをダメにした」など、正直肯定的な意見は
殆ど出ない。本来これは我々ファンの側が論じて良い内容でないことは明白。
なぜなら、我々が「求め」なければ、彼らは「実行」しなかった筈なのだから。

だから。
誤解を恐れずに、そして失礼を承知で書くのだが、市瀬英俊にこんな作品を書
いて欲しくなかった、というのが本音。あの頃の週プロは間違い無く今起こっ
ている事態の主犯であり、我々も間違い無く共犯者である。あの時代で麻薬の
ような高揚感を味わった我々が今できる「贖罪」とは、人間を破壊してしまう、
もっと言えば人の命を奪ってしまうような「過剰さ」を、プロレスに出来るだ
け求めないことなんじゃないか、と僕は思っている。

市瀬さんはこの本を書くことでどうしたいのか?が、正直見えてこない
今後のプロレス界に警鐘を鳴らすことが目的なのか、それとも単に「あの頃は
凄かった」なのか。臨場感はたっぷりだし、文章にもさすがの迫力がある。
それだけに、目的を曖昧にしたまま終わってしまった感のある構成はちょっと
残念。あの頃の署名原稿のような、一刀両断さが欲しかったなぁ・・・。

消された文書

#琉球


▼消された文書 / 青木俊(Kindle版)

「潔白」に引き続き、青木俊の過去作品をば。
未だ著作は2冊しかないので、コレを読み終わっちゃうとしばらく青木俊作品
にありつけなくなっちゃうのが悔しいところなのだけど・・・。

今作品のテーマは「沖縄」、そして何かと話題の「尖閣諸島」
尖閣の領有権を巡る日中の綱引きの中で浮かび上がる古文書「羅漢」の存在。
コレを突き止めた女性新聞記者が、自らの姉の死の真相を知るために動き出す。
同時に日本・中国の動きも活発になる中、沖縄では・・・という内容。

・・・フィクションの筈なんだよなぁ、この本って。
恐ろしいことにオスプレイが墜落し、米軍基地反対派の沖縄県知事が誕生した
のはこの作品が書かれた後らしい。もちろん偶然だとは思うのだが、その後の
事実を踏まえた上で読むと、フィクションな筈の古文書の存在すら本当のよう
な気がしてくる。すげぇ作家だな、青木俊!と感じた次第。

読み終わってからちょっと考えた。
僕は沖縄が大好きだし、今後もずっと今までと同じように沖縄が存在してくれ
ることを願うのだが、今の沖縄の人たちは、日本の統治下にあることに幸せを
感じてくれているのだろうか?、と。

「フィクション」で簡単に片付けることの出来ない小説
ハードな社会派ミステリーが好きな人は絶対読むべき!