リアルフェイス

▼リアルフェイス / 知念実希人

amazonのリコメンドから購入した作品。
知念実希人という作家は初めてだが、ちょっとだけ聞き覚えがあったので
調べてみたら、「崩れる脳を抱きしめて」で昨年の本屋大賞にノミネート
されていた人。昨年のノミネートは10作品うち5作品を読んでいるのだが、
どの作品も僕の中では高評価。これは期待出来る、と踏んで読書開始。

ジャンルで言えば連作短編医療ミステリー。それも、美容整形というち
ょっとアレな分野を取り扱ったやや異色な作品。語り部は麻酔医師大学
院生朝霧明日香で、彼女がアルバイト勤務する美容形成外科を率いるの
「天才」の異名を欲しいままにする美容外科医・柊貴之。ただし、金さ
え積めば顧客のどんな依頼にも応える、いわゆる悪徳医師(^^;)、という
構成。

意外や意外、思った以上にコメディでやや面食らった。抱腹絶倒とまでは
いかないが、前半から中盤にかけてのテンポの良い展開はなかなか見事。
しかし、後半のシリアスな展開は思いっきり重厚で、落としどころもかな
り秀逸。ラストは全く予想外、最後までしっかり騙されてしまったのだか
ら、ミステリーとしての完成度もかなり高い、と思う。

しかし、気になる点が2つほど。
いわゆる「笑い」でミスリードを誘う、という方式は決して嫌いでは無い
が、そのジャンルの権威である東川篤哉の作品群と比較すると、やや中途
半端な印象は否めず。もっと振り切っても良かったし、それが充分出来る
作家な気がする。もしかしたらシリーズになるかもしれないから、次作品
での吹っ切った展開を大いに期待。
もう1つは・・・。まぁ、完全に好みの問題なのだけど、ラノベっぽい表紙
やっぱり苦手だなぁ、僕は(^^;)。売れるのかね、こういう表紙だと(^^;)。

ありがとうU.W.F.

▼ありがとうU.W.F. 母さちに贈る / 鈴木浩充

どういうワケだか最近リリースラッシュが続くUWF関連書籍
本命・・・というか、リファレンスとなるべき柳澤健「1984年のUWF」
皮切りに、そのアンサーとも言えるインタビュー集「証言UWF」など、
読み応え抜群の作品が多かった。しかしこの作品、これまでずっと「謎」
とされており、好き勝手な見解だけが先走っている現在のUWFを取り巻
く状況を打破する作品となるかもしれない。なぜなら、著者鈴木浩充
そう、あの新生UWFと呼ばれた株式会社ユー・ダブリュ・エフにて、
神真慈氏と共に専務取締役を務め、UWFを特別な場所まで押し上げ
た人である。

神社長・鈴木専務の2人に、30年近く取り憑いて離れないイメージは、
「横領フロント」。プロレスファンは誌面に載るプロレスラーの発言し
か拠り所が無く、例えば前田日明の発言こそ真実、と信じ込んでしまう
風潮が否めない。これに加え、新生UWF崩壊後の2人は公に対しての発
言を一切しなかった。ある意味“犯罪者”というレッテルを貼られたまま、
それを受け入れて地下に潜ったのだ。

この本は自費出版である。
これまでずっと沈黙を貫いた伝説のフロントが、どうして今になってか
ら著作を発表したのかと言うと、タイトルにある通り自らの母親のため
母が“自分の息子が泥棒扱いされている”ことで心を痛めている、という
事実を知り、ここで改めて身の潔白を証明しようとした。だから、大手
の出版社にも、ライター・作家にも頼らず、「自らの言葉」だけで表現
出来る自費出版にてこの本をリリースした、とのこと。

そもそも、UWF解散時にフロントの2人が本当に横領していた、と思っ
ているファンは、実はそれ程多くないと思う。会社を起ち上げたのは紛
れもなく神・鈴木両名であり、そこで得た利益の使い途は役員で決めて
構わない。そんなことは通常の会社に務めている人なら誰もが理解出来
ることであり、前田や他の選手の言うことがイマイチピンと来ない、と
感じていた人も少なくないハズ。ただ、ファンの心情的にはやはり選手
の味方をしたく、無条件に黙った2人のフロントに一方的に悪者になっ
て貰った、というのが本当のところだと思う。

この本を読んでいて、その考え方はおそらく正解だった、という思いを
強くしたのは間違いない。だからこそ、最悪とも言えるヒール役を買っ
て出てくれた鈴木専務には、ファンであった者としてここでちゃんとお
詫びとお礼をしておくべきだと思う次第。鈴木専務、本当にごめんなさ
い。そして我々のために悪者になってくれて本当にありがとうございま
した!

・・・というワケで、UWFに対する疑念はまた一つ晴れた。
ただ、正直「読み物」としてはちょっとだけ不満(^^;)。本職の作家さ
んでは無いのだから仕方無いが、せめて文章監修をいれるべきだった
気がする。まぁ、ファンであれば問題は無いと思うけど。
そしてもう一つ、UWF崩壊後の謎の会社「スペースプレゼンツ」に関す
る記述が殆ど無かったのが残念。その辺りのディープな話を、出来れば
また別のどこかで聞かせて欲しい気がする。

こうなってくるともう一人口を開かなければならない人が居る気が。
全てを時効にして良い今だからこそ、ご本人の言葉が聞きたいなぁ・・・。

30年目の帰還

▼ブルーザー・ブロディ 30年目の帰還 / 斎藤文彦

『超獣』ことブルーザー・ブロディ没後30年を機会に出版された本。
著者はファンから絶大な信用を誇るプロレスジャーナリスト及びエッセ
イスト、フミ・サイトーこと斎藤文彦

いまから30年前7月17日(日本時間)、プエルトリコ・バイヤモン
フォアン・ラモン・ルブリエル球場で行われていたWWC(ワールド・レ
スリング・カウンセル:カルロス・コロン代表)の興行開始前、同会場
シャワールームにて、プロレスラーのブルーザー・ブロディ刺殺
れた。刺したのは同じくプロレスラーで同団体のブッカーも務めていた
ホセ・ゴンザレス。ブロディは病院に搬送されたが、翌18日に死亡が確
認された。享年42

この作品の冒頭で、作者は我々に問いかけている。「いまから30年前の
7月18日、“あなた”はどこにいて、そのニュースを耳にしたのだろう」

・・・僕は何故かコレをハッキリ覚えている。
場所は今は無き新宿厚生年金会館の楽屋口。僕はコンサート設営のアル
バイト中で、同じ場所に居たプロモーターの人からこの話を聞いた。
この日の仕事は本当に上の空となってしまい、周囲には少し迷惑をかけ
たかも。その日の帰り、新宿三丁目駅売店で購入した東スポでソレが真
実であることを知り、強い絶望感に苛まれた・・・。

ブルーザー・ブロディという選手、好き・嫌いで言えば僕は決して好き
なタイプの選手ではなかった。しかし、当時の日本プロレス界に於いて、
凄く重要な登場人物だったことは間違い無い。なぜなら、我々の考え得
「夢のカード」一方には必ずブロディの名前が入る。好きだろうが
嫌いだろうが、認めざるを得ない。それがブロディだった。

この本の構成は、書き下ろしとなるブロディの生い立ちからフットボー
ラー・新聞記者としてのキャリア、そしてプロレスデビューから死に至
るまでのストーリーと、当時週刊プロレスに掲載されたインタビュー
2本立て。流れは終始淡々としているのだが、その分あの時の感情がリ
アルに蘇ってくる。

あの時、僕はホセ・ゴンザレスに殺意を覚えたし、絶対に実現すること
の無いハンセンvsブロディを思い絶望していたりした。でも、30年経っ
た今では違う感情を持っている。

ブルーザー・ブロディは、きっと刺されるべくして刺された
そして、ホセ・ゴンザレスにはそうしなければならない事情がきっと在
ったのではないか?と、今は思っている。

ブルーザー・ブロディという唯一無二のプロレスラーが全盛期のうちに
亡くなったからこそ、僕らは今でも「IF」の話をいくらでも出来る。もし
ブロディが実力の衰えた晩年をさらけ出してキャリアを終えていたら、
こういう状況にはならなかった、と思う。間違い無くスキャンダラスな
事件であり、二度と在ってはいけないことだが、ブロディはそういう
「最後」を我々に提供してくれた。そんなプロレスラーは、他に居ない。

昭和プロレスファンであれば、昭和プロレス最後のエースガイジンにつ
いてもう一度検証すべき。好き・嫌いのレベルで語るワケにいかないレ
ベルにいた男の人生には、必ず何かがあると思うので。

あしたの君へ

▼あしたの君へ / 柚月裕子(Kindle版)

引き続き柚月裕子作品。
主人公は家庭調査官補。家庭調査官補とは、裁判所職員である家裁調査官
修習中の役職であり、通称「カンポちゃん」と呼ばれる職業。一般企業で言
うところの「本採用前研修中」期間を頑張る若者の物語である。

体裁は5篇から成る連作短編
家庭裁判所に持ち込まれる事件は離婚調停などを行う家事事件担当と少年犯
罪を扱う少年事件担当の2つに大きく別れるらしいのだが、本作は最初の2篇
が少年事案、真ん中1篇で旧友との邂逅を挟み、後ろ2篇が家事事案を扱った
エピソード。事案を終える毎に人間的に成長していく主人公が清々しい。

これまで読んだ柚月裕子作品の中では、いちばん「おとなしい」印象。
しかし、ジワッとくる文体と、淡々としながらも綿密な構成はすばらしく、
この作家の本を読んで初めてホンワカとした気分になった。こういう作品も
書けるんだね、この作家。

今のところ電子書籍で読める柚月裕子作品はこれが最後。著作全読破を目指
すのであれば、文庫か単行本を当たるしか無いのだが、その殆どが宝島から
出版された作品。東野圭吾作品宝島社より発売された本の電子書籍化は、
当分無理なんだろうなぁ、きっと。なんとかなんないのかなぁ、コレ(^^;)。

最後の証人

▼最後の証人「佐方貞人」シリーズ / 柚月裕子(Kindle版)

間もなく全読破しそうな勢いの柚月裕子強化月間
ここでタイミング良く電子書籍化された「最後の証人」をチョイスしてみた。

こちらは法廷ミステリー
元検事、いわゆる“ヤメ検”の弁護士、佐方貞人が主演を務めるシリーズ。ちゃ
んと調べたワケでは無いが、これがシリーズ1作目というワケでは無いらしい
ので念のため。

いやぁ、コレも唸った
まず凄いのが、終盤に入るまですっかりミスリードを許してしまった叙述トリ
ックの巧みさ。ほぼラストの段階で思わず「へ?」という言葉が割と大きめの
音量で飛び出してしまったのだから凄い。

加えて、読んでいるだけで憤りを感じる過去関連事件の描写が生々しく説得力
に富んでいるのもポイント。巻末で解説を書いている作家の今野敏「柚月裕
子は動機を書く作家」と評したが、この言葉は本当にストン、と腑に落ちる。
この作家のすばらしさは、「動機描写の絶妙さ」も多分にあると思う。

初期の作品のようだが、コンパクトにまとまった良作
柚月作品のファーストタッチには最適な気がするので、ちょっと気になってい
る人は価格も安く手を出しやすいこの作品を最初に読むことをオススメします。

ところでこのシリーズ、他の作品は未だ電子書籍になっていない。
宝島からリリースされた作品は、この作家に限らず電子書籍化されていない作
品が多い気がするのだが、何故なんだろう?
とにかくこのシリーズ全作品のKindle化を強く望みます!面白いので