山猫珈琲(上)

▼山猫珈琲 上巻 / 湊かなえ

「告白」での衝撃デビュー以来、もうかなりのキャリアとなる湊かなえ
驚いたことにこの作品が初のエッセイ集であり、上下巻が殆どスパンを置かずに
発売された。こちらの上巻は新聞連載をまとめたもの。さすがにビッグネーム、
掲載紙は朝日新聞・神戸新聞・日経新聞超メジャー系ばかり。さてさて・・・。

最近はソレばかりの作家では無いが、やっぱり湊かなえと言えば“元祖イヤミス”
女史にはやっぱりソレ系の文章を期待してしまうが故に、どうしてもその色が
出し辛いエッセイはちょっと敬遠してしまっていた。通常の湊かなえ小説なら、
ハードカバーがリリースされた瞬間に購入していたのに(^^;)。

そんな予想は半分ハズレ、そして半分は当たり

まずは、いわゆる「普通の文章」を書かせても、しっかり読ませてくれる作家
であることに改めて驚く。特に神戸新聞に連載されていた女史の現在の居住地、
淡路島に関する記述はどれもコレも魅力的で、明日にでも出掛けて行きたくな
るくらい。訳あって僕はソーメンという食べ物を憎んでいる(^^;)のだが、ここ
に書いてある鯛そうめんだけは食べてみたい、とか思っちゃうから不思議(^^;)。
かなえ先生、食レポの才能は凄いと思いますよ、実際。

しかし、しっかり読めてもやっぱり彼女の「普通の文章」は正直ちょっと食い
足りない気がするのも事実。一応下巻も買ってあるのだが、そちらは新聞より
も規制が少ないと思われる雑誌系。しかも、上巻では1本しか掲載されていな
かった特別収録が全体の1/3を占めている。そっちに期待しといた方が良いか
もしれないな、うん。

少女キネマ

▼少女キネマ 或は暴想王と屋根裏姫の物語 / 一肇(Kindle版)

各所で話題になっている、という触れ込みの小説を電子書籍にて。
著者は「一肇」。こう書いて「にのまえはじめ」と読むらしい(^^;)。この段階
でちょっとした不安を抱いたのだが、さて・・・。

まず始めに言っておく。
間違いなく、「とても良い物語」だと思う。“映画制作”というある種ニッチな
世界を描きながら、暑苦しい青春モノの要素、あまりにも淡い恋愛モノの要素、
そしてかなり清々しいファンタジーの要素が程よいバランスで渾然一体となっ
ている。主人公を始めとする各キャラクターも皆一様にクセが強く、非常に魅
力的。従って、全体の完成度恐ろしく高い。だが・・・。

・・・もう本当に個人的な問題なのだけど、明治・大正時代のような言い回し
ちょっと苦手。文体自体は決して古くは無く、舞台も現代なのだが、どうして
台詞回しだけああいう書き方をしたのか? もちろんこういうテクニックが好き
な人も居るだろうし、そこに味もきっとある筈だとは思うのだが、出来ること
なら通常の言い回しで展開される物語を読みたかった、というのが正直なとこ
ろ。惜しいなぁ、凄く。

しかし、あるカテゴリー・・・映像・映画、演劇等・・・に居た人たちなら、絶対に
大きな影響を受ける気がする。かくいう僕も、少しだけ何かに火がついた気が
するのだから。

読後にちょっと調べたところによると、この作者はテキストアドベンチャーゲ
ームシナリオライター。言われてみれば、クライマックス周辺の怒濤の展開
や、ほっこりとした幸せを感じるラストなどは、RPG系のゲームをクリアした
時の感覚に酷似している。なんなら、このままゲームにしても良い気が・・・。

著者の他作品は今のところノベライズ系がほとんどのようだが、今後書き下ろ
しの作品がリリースされるのなら、その時は必ず読んでみたい。言い回しは、
出来れば現代風がいいけど(^^;)。

まんが道大解剖

▼まんが道大解剖 / 藤子不二雄Ⓐ(監修)

コンビニのブックスタンドで偶然見かけたMOOK
同じ机に向かい、原稿に取り組みながらニッコリ笑う満賀才野の表紙を見た
瞬間、他の買い物をほぼすっ飛ばしてレジへ。まさかこの時代に、あの2人
カラーイラスト表紙を飾る雑誌が出るとは・・・。

このMOOK、藤子不二雄Ⓐ先生ライフワークとも言える「まんが道」と、
その続編である「愛・・・知りそめし頃に・・・」完全ガイドと銘打った意欲作。
Ⓐ先生はもちろん、歴代のまんが道担当編集者実のお姉様(!)、そして
トキワ荘とは一線を画しながらも親交の深い劇画家・さいとうたかを氏など
への超レアインタビューを多数掲載。体系化された資料ページもすばらし
く、作品への過剰とも言える「愛」が詰まった作品だと思う。

特集ページも“名言集”“経済白書”など、まんが道ファンなら絶対に興味を
惹くモノばかり。特に「実物」として掲載されている電報3通は思わずオォ!
と唸ってしまうほど圧巻。「スグレンラクタノム ナカヨシ」と打刻された
講談社・なかよし編集部からの電報が、今もⒶ先生の手元にちゃんと実在し
ている、という事実に思わず感動してしまった。さすがに伝説の「ゲンオク
ルニオヨバズ ヨソヘタノンダ」は捨てたのかもしれないが(^^;)。もし現存
していれば、1,000万円は下らない価値があると思うなぁ・・・。

とにかく、ファンなら絶対に購入しておくべきMOOK。
ファンでなくとも、“日本少年漫画界のアイコン”による入魂のライフワーク、
「まんが道」だけは必読図書に推したい。合言葉は「ンマーイ!」で!

カウントダウン

▼カウントダウン  / 真梨幸子

真梨幸子最新作。
「フジコ」以来、一切ブレることなくイヤミスを書き続ける真梨幸子にすっか
り感化され、今では我が教祖と仰ぎ、普段は“幸子サマ”と読んで崇め奉ってい
る作家。おおよその作品はリリースと同時に光の速さで読了してしまうのだが、
今回の作品は何故だかいつもと様子が違う感じ。

かんたんに言えば、エッセイストとして名を上げた女流作家余命半年を宣告
され、いわゆる終活を行う話。齢50、死ぬにはやや早いものの事実を受け入れ、
自分の人生を理想通りに終わらせるため、これまでの恥部を必死に整理してい
く姿を追ったもの。その課程でいろいろなことが明らかになって・・・、という、
女史お得意の「更年期ババア」(^^;)系。イントロダクションの段階では、来た
ぞ、コレ!とか思ったのだけど・・・。

前半から中盤にかけての流れがやたら「緩やか」。緩やかとは言っても、カネ
だけはある死にかけたババアが恐ろしいくらいに戯言を吐き続ける展開だから、
そういうドロドロ系が好物の人は退屈しないかもしれない。しかし、僕にとっ
ての真梨幸子作品はそれだけにとどまらない、更に上を行く悪意の塊でなけれ
ばならない。正直、中盤あたりで今作は失敗かな、と感じてしまった。が・・・。

おそらくこの「緩さ」、後半の怒濤の展開に繋ぐためにわざと敷いた伏線。
あれよあれよという間に登場人物が増えていき、ラストでその全員分の相関図
が見事に完成する。いわゆる「勝ち組」は誰一人存在せず、全員が不幸のどん
へまっしぐら。長い長い助走距離を持つジェットコースター、と言えば解り
やすいだろうか? ここまで「堕ちる」が表現されている作品は他で読んだこと
が無い。

・・・これだから真梨幸子は止められない
今回の「悪意」表現も実に秀逸であり、読了後に感じる嫌悪感が、突き抜けて
清涼感に化ける瞬間を、またも体感させていただいた。人の不幸を書かせて、
右に出る作家は一人も居ない。そういうところまで上り詰めた気がする。

幸子サマ、本当にお見事です。
ただ、実生活でコレが起こったら、と考えると背筋が寒くなりますが(^^;)。
この悪意、本当に癖になるなぁ・・・。

聖域

▼聖域 / 大倉崇裕(Kindle版)

福家シリーズ動物シリーズで完全にハマった大倉崇裕山岳小説
あとがきによると、氏はデビューからずっと「山岳ミステリー」を書きたかった、
というクライマー。ソレ風に言えば“山屋”であり、本物であるが故、執筆に要し
た時間はなんと9年(!)。読み応えたっぷりの本格長編ミステリーである。

ある事情で山を辞めていた主人公のサラリーマンが、大学時代のパートナーで
将来を嘱望されるクライマーに誘われ、久々に山へ。ブランクによる体力の衰え
を自覚しながらも、「もう一度山をやらないか?」という友の問いかけに逡巡し
てしまう。ところが程なく、単独で山行した友人が滑落・行方不明という凶報。
技術・経験ともに豊かな人間がミスを犯すような環境では無い。友人の死に疑問
を持った主人公は、全てを投げ出して友人の死の謎を追う・・・という物語。

僕は全く山はやらないが、山岳系の物語は小説・マンガを問わずかなり読む。
従ってあの世界ミステリーを絡めることには正直無理がある、と思っていた
のだが、この作品はハッキリとそのラインを超えて来た。主軸はあくまでミス
テリーだが、本格的な山岳系要素の描写がそこに深みを与える、という理想的
な構成。そりゃあ、9年はかかるよな、と素直に納得できる力作である。

大倉崇裕ってこういう小説も書くのか・・・。
正直、これまで読んできた他の作品に比べると、この作品はテイストが全く異
なる。山岳系としては最初の作品だからなのかもしれないが、ちょっと他を読
んで確かめてみたい。コレはコレで凄く面白いのが、逆にタチ悪いな(^^;)。