BIG VAN VADER

・・・昨夜飛び込んできた訃報。
“皇帝戦士”ビッグバン・ベイダー逝去。死因について、詳細は不明だが、1ヶ月
前に重度の肺炎を患い、闘病中だったと言う。享年63。自信の公式twitterアカ
ウントにて、同じくプロレスラーの息子、ジェシー・ホワイトが明らかにした。

ベイダーの日本デビューは1987年12月27日・両国国技館
ビートたけし率いるTPG(たけしプロレス軍団)の刺客として、アントニオ猪木
に対戦を迫った。当日、長州とのシングルが決まっていた猪木はベイダーのアピ
ールを受けて試合の変更を指示。これに不服な観客が、大暴動を起こした「両国
の乱」は、あまりに有名なエピソード。

僕はこの両国の乱を現場で実際に体感している。
正直、猪木vs長州というカードに当時殆ど思い入れが無く、当日のカード変更を
好ましく思っていたほど。甲冑をまとって入場するベイダーに度肝を抜かれ、結
果2試合目ではあったが、あの猪木を子ども扱いした強さに感嘆したのを覚えて
いる。

デビューではミソの付いたベイダーだが、その後あっという間に新日本の外国人
エースに変貌。猪木・藤波との試合は本当に見応えがあった。


新日本でのベイダーは外国人対決でも無類の強さを発揮した。
象徴的な試合東京ドームで組まれたスタン・ハンセンとのタイトルマッチ。目
を腫らし、マスクを捨てながらもあのハンセンに一歩も引かない肉弾戦を展開。
あの日を境に、ベイダーは特別なプロレスラーとなった。


もう一つ忘れられないのが、UWFインターでの一連の闘い。
高田延彦とのシリアスマッチの緊張感は未だに身体が覚えているし、ゲイリー・
オブライトとの頂上決戦は本当に身体が震えた。

・・・ずっと観てきた大好きな選手が、いなくなってしまうのは本当に悲しい。
自らの全盛期を、ずっと日本のファンに魅せてくれた偉大な選手に、心からの
リスペクトを。

また必ず、どこかで。