CALIFORNIA’S SUN GOES DOWN…

“カリフォルニアの太陽”の異名を欲しいままにした往年の名レスラー、
チャボ・ゲレロ氏が逝去。死因は肝臓癌、享年68。

獲得したタイトルはNWA世界ジュニアヘビー級アメリカス・ヘビー級
そしてNWAインターナショナルジュニアヘビー級など多数。父はゴリー
弟はマンド、ヘクター、そしてエディ、息子のジュニアもプロレスラー
という、典型的なプロレスリング・ファミリーの象徴であった。

藤波辰爾と共に、日本のプロレスに「ジュニアヘビー級」という概念を
持ち込んだ偉人。底なしのスタミナに加え、華麗な飛び技、強烈な関節技
をも駆使。ジュニアの枠に居ながら、ヘビー級の世界王者クラスと互角に
渡り合う、ワールドクラススーパースターだった。

レジェンド扱いとはいえ、昨年まで日本のリングにも上がり、元気な姿を
魅せてくれていたのに、まさか末期の癌だったとは・・・。

昭和53年寝屋川での藤波とのWWWF選手権は、あれからずっと忘れら
れない名勝負。あの試合が無かったら、僕はこんなに長くプロレスを観る
ことも無かったかもしれない。

世界一偉大な“小さな巨人”がこの世に存在してくれた事実に、僕は本当に
感謝します。また必ず観に行くので、その時はぜひエディとのタッグを。
本当にお疲れ様でした・・・。

“SUPERFLY” passed away…

スーパーフライの異名を取り、全世界的に人気者だった初代ECW世界ヘビー級
チャンピオンジミー・スヌーカ氏が、1月15日(現地時間)に逝去。享年73。
死因は今のところ不明だが、かねてから胃ガンを患っていた模様。

日本で知られるようになったのは、1978年頃ミッドアトランティック地区
での映像が「世界のプロレス」等で紹介されるようになってから。(※初来日
は以外に早く、1971年の日本プロレス)この時代のリッキー・スティムボート
リック・フレアーとの抗争は凄まじい内容ながらも洗練されており、後に多
くのフォロワーを産み出した。リッキーとの一戦は全日本にも直輸入され、
アメプロファンを魅了。日本に於けるリッキーの名勝負は正直この試合しか思
い浮かばない。全てスヌーカの技量だった。

ブルーザー・ブロディのベストパートナーとして、今やすっかり伝説となって
いる“後楽園超獣決戦”に参加。もしこの時、超獣コンビそれぞれのパートナー
スヌーカ・ゴディで無かったら、この試合は伝説になっていなかったと思う。
この試合に出場している4人のうち3人までがアチラに。さすがに・・・。

ミック・フォーリースヌーカvsバックランドの試合を観てプロレスラーにな
る決意をした、というのは有名な話。そしてスヌーカのスーパーフライが無け
れば、RVD5スタースプラッシュエディフロッグスプラッシュは生まれ
なかったし、棚橋ハイフライフローも無かった。

現在のプロレスに大きく影響を与えてくれた偉大なプロレスラーに感謝。
またどこかで、スーパーフライを。

Carrie Fisher a.k.a Princess Leia, passed away…

・・・もしかしたら、僕が最初に恋をした外国人はこの人だったかもしれない。
世界で最も有名な女優の一人、キャリー・フィッシャーさんが永眠。心臓
発作で入院し、一時回復が伝えられたが容態が急変。60歳という若さで帰
らぬ人となってしまった。

プリンセス・レイアは、全世界の憧れだった。
特にエピソード6「ジェダイの帰還」での↑↑のコスチュームは、間違い無
く全ての男性を虜にした筈。少し前のエピソード7「フォースの覚醒」で、
30年振りにレイアが復活したばかりだったのに・・・。

キャリー・フィッシャーがレイアを演じなければ、僕はきっとSTAR WARSに
ここまで思い入れを持たなかった。40年近く前からずっと僕らを魅了してく
れたキャリーに、最高の感謝リスペクトを。

正直、まだ信じられないけど・・・。
謹んでご冥福をお祈りします。

EYE OF THE WOLF

なんてカッコイイ力士なんだ・・・。
それが闘う千代の富士を最初に見た時の正直な感想だった。

千代の富士が登場するまでの大相撲は、大型力士中心の異形の世界、ハッ
キリ言ってしまえば“強いデブ”同士がその力強さを競う格闘技であった。
その中に突然現れた、筋骨隆々の身体のような鋭い目つきの勝負師。
決して恵まれていたとは言えない体格を、筋力努力で完全にカバー。
誰もが憧れたその闘う姿勢は、大相撲を「カッコイイ」というレベルまで
余裕で持って行った。

第58代横綱。ニックネームは“ウルフ”。生涯戦績1,045勝437敗159休。
肩の脱臼に悩まされながらも双葉山に迫る53連勝を達成。最後の土俵まで
狼の目を無くさなかった、偉大過ぎる横綱である。
最後の2番、貴花田戦・貴闘力戦を、僕は未だに忘れられずにいる。

千代の富士貢・享年61。
昭和の大横綱であり、稀代の格闘技者であった男が、あまりにも早く天に
召されてしまった。

あちらでは、ぜひ総合格闘技の舞台にも上がって欲しい。
相撲最強をいちばん叫ぶべき力士は、千代の富士を於いて他に居ない。
また必ず、どこかで。

放浪の殺し屋

米国複数のメディアは、「放浪の殺し屋」ジプシー・ジョー訃報
アナウンス。1933年生まれ、享年82。死因は今のところ明らかにされて
いないが、2013年には持病の痛風が悪化し右足切断とのニュースも。

国際プロレス外人の申し子のような選手。
小柄な身体ながら、周囲の人間を威圧するような恐ろしさを備え、金網デス
マッチではケージ最上段からニードロップを投下する、など、自らの身体を
顧みない恐ろしい攻撃を繰り出す。圧巻だったのはパイプ椅子攻撃「受け」
フルスイングの椅子攻撃を背中で受け、逆に椅子を破壊してしまうパフォー
マンスは、ジョーにしか出来ない芸当だった。

2010年、77歳のジョーがパイプ椅子攻撃を受ける様を、僕は新宿で目撃した
完全に老人と化していたジョーなのに、その迫力溢れる姿は以前のママ。
感動すら覚えた。

プロレスの“凄さ”を、文字通り身を以て教えてくれた名選手
「放浪の殺し屋」ジプシー・ジョーに最大限の敬意を表します。

あちらでは、きっとラッシャー木村が椅子を携えて待っている筈。
僕もまた、必ず観に行きます。