悪いものが、来ませんように

#叙述トリック


▼悪いものが、来ませんように / 芦沢央(Kindle版)

約4年ぶりの芹沢央作品。
前々からタイトルが気になっていたのだが、Kindle Unlimitedになっ
ていたのでコレ幸い、とばかりに読んでみた。

主人公である二人の女性が基本の語り部であり、そこに周囲の人間
証言が挟まる、という構成。この証言から主人公二人が何らかの
事件に巻き込まれている、ということが解って来るのだが、最後に
とんでもないオチが待っている。

・・・いや、見事な叙述トリック
事件の概要が解った段階で思わず呆気にとられ、冒頭の章を読み返
してしまったほど。ネタバレすると申し訳無いので詳しくは書かな
いが、ミスリードを誘う構成が非常に秀逸。中山七里や最近の真梨
幸子に勝るとも劣らない。

ミステリーとしてもすばらしいが、ドロッとしたオンナの心情描写
もなかなかのモノ。かなりの長編だが、いろいろな意味で退屈しな
い、凄い作品だと思う。

ということで、今は別の芹沢央作品を鋭意読書中。久しぶりにハマ
れる作家が出て来たかも!

俺が戦った真に強かった男

#風雲昇龍


▼俺が戦った真に強かった男 / 天龍源一郎(Kindle版)

稀代の名プロレスラー、天龍源一郎の著書。
自身のプロレスキャリアの中で共に闘った「強かった男」たちについて書か
れた作品だが、コレは単なる“強い・弱い”ではなく、天龍さんが“好き”なタ
イプのプロレスラーに関する記録、とするのが正しい。

主に取り上げられているプロレスラーは全12名
ジャイアント馬場、アント二オ猪木、ジャンボ鶴田、阿修羅原、スタン・ハ
ンセン、ブルーザー・ブロディ、ミル・マスカラス、ザ・グレート・カブキ、
前田日明、三沢光晴、武藤敬司、そしてオカダ・カズチカ

注目すべきは、この中に長州力の名前が無いこと。コレについては、もしか
すると深い意味があるのかもしれないが、単純に忘れていただけの可能性も
ある。こんなところにも問いかけを残すところが、天龍さんの魅力の一つ。

暴露的な要素が一切無い、オーソドックスなエッセイ集だが、読後爽やかに
『漢』を感じられる。あ、僕は天龍源一郎が好きだった、と改めて思い出さ
せていただいた。

天龍さんが引退してもう8年が経過する。あれからもプロレスは面白いし、
凄い試合もたくさん生まれた。今の選手たちがいつか引退して本を出した時、
同じように思わせてくれると嬉しい。そこまで生きられるかどうか定かでは
無いのだけど。

境界線

#罪


▼境界線 / 中山七里(Kindle版)

またもや読むべき本が無くなり、Kindle Unlimitedをチェックして
いたところ、中山七里作品、それも少し新しめのモノがあることに
気付き、迷わずダウンロード。中山七里なら内容に何の不安も無い
と判断した結果だったのだが・・・。

・・・最初から最後まで、読むのがかなり辛かった
東日本大震災が起因となるミステリーであり、ところどころであの
時の酷い光景がフラッシュバックしてしまう。未だにあの震災は僕
に幾ばくかのトラウマを残しているらしく、3.11をモチーフにした
作品は、これまでなんとなく避けて来た気がする。

この物語の中での『罪』に対し、最初は異常なくらいの嫌悪感を持
った。おおよそ考え得る犯罪の中でも、オレオレ詐欺と並ぶくらい
最低最悪であり、犯人は非道い目に遭うのが当然、と思って読んで
いたのだが、終盤でその感覚が思いっきり揺らいだことに自分でも
驚いた。もしかするとコレは、氏お得意の「どんでん返し」と同じ
効果なのではなかろうか?

考えさせられる事の多い、非常に重い物語。この作品、僕はいつに
なったら積読出来るのか、未だに予測が付かない・・・。

完全版 さよならムーンサルトプレス

#闘魂三銃士 #スペース・ローン・ウルフ #610


▼完全版 さよならムーンサルトプレス / 福留崇広(Kindle版)

以前単行本版でレビューした福留崇広作品が文庫化
まもなく引退を迎える天才プロレスラー・武藤敬司に関するノンフィクショ
ンで、副題は『武藤敬司「引退」までの全記録 』。文庫化にあたり更に大幅
加筆が付加されているのだが・・・。

この作品、再読なのにも関わらず、まるで初めて読んだ本のよう(^^;)。
単行本を読んだのがかなり前、という事実こそあるモノの、おそらく加筆・
修正もの凄いことになっているのではないか?と。以前も書いた通り、僕
にとっての武藤はけしてフェバリットなプロレスラーでは無いのだが、語る
べき選手ではある、という事実を改めて思い出した。

そして行間から溢れる「思い入れ」が凄い。
福留さん、本当に武藤敬司/グレート・ムタが好きなんだなぁ、と素直に感
じることが出来るし、下手すれば共感してしまう。2023年2月21日を迎え
る前に、完全版となったこの作品を読んでおくといいかもしれない。

・・・武藤、引退試合ちゃんとやれるんだろうか??

教誨

#モチーフ


▼教誨 / 柚月裕子(Kindle版)

柚月裕子の新作。長編としては『ミカエルの鼓動』以来。
主人公の一人は、自分の娘と近所の子どもを殺害し、死刑判決・執
を受けた女性。この女性のかなり遠縁に当たるもう一人の主人公
(♀)に、遺骨の引取依頼が。遺品の中にあったノートの「言葉」
に引っかかりを覚えた主人公は、彼女の隠した事実を探し始める・・・
という内容。

モチーフは2006年に起きた「秋田連続児童殺害事件」かと。
この事件、僕の中ではまだ記憶に新しく、容疑者の特徴的なビジュ
アルや彼女の於かれた状況、イジメが原因の壮絶な人生など、強烈
な印象が残っている。この作品内では、現実の事件の容疑者の生い
立ちをほぼ踏襲。実際には無期懲役となった主人公が死刑囚となっ
ており、そこに田舎の閉鎖的な状況を組み合わせている。救いがあ
るとするなら、この作品の主人公が、リアルよりもやや“毒”の抜け
た性格に描かれていることくらい。

・・・とにかく、重い
話が進むにつれて謎はどんどん明らかになっていくのだが、どんな
事情があるにせよ、幼い子どもを2人も殺した死刑囚にどうしても
共感が出来ない所為で、展開が進んでもどんよりした気分が全く晴
れない。コレが完全にフィクションである、ということは理解して
いるモノの、モチーフがモチーフなだけに・・・。

おかげで読むのが辛く、読了までかなりの時間を擁したのだが、と
にかく重く響く鈍痛のような感覚は心に残った。判断は難しいが、
少なくとも“重い”だけの作品では無いことだけは保証する。

相変わらず漢らしいな、この作家。