慈雨

▼慈雨 / 柚月裕子(Kindle版)

柚月裕子、次の一冊は退職した刑事を巡るドラマ。
現役時代に担当した幼女殺人事件である「悔い」を残した元刑事は、定年退職
後ほどなくで妻を伴い四国八十八ヶ所巡礼の旅に出る。踏破すれば何かが変わ
るかも、という淡い期待は巡礼が進むに連れ稀薄になって行くが、そんな中で
かつての部下から捜査協力依頼の電話が。皮肉にも、その事件もかつてと同様
の幼女殺人事件で・・・という物語。

いやぁ、重いです、実に。
ただ、全てが“意味のある重さ”であり、無駄が一つも無いところがこの作家の
凄さ。もちろん最後には事件は解決するのだが、事件だけでなく様々な人物の
心の葛藤、そして過去の事件までも悉く解決して行く。このカタルシス、ちょ
っと凄い才能。柚月裕子、しばらくハマり続ける気がする。

そして余談。
僕は、物語に登場する88の寺全てがピンとくる。岩屋寺焼山寺など、いわ
ゆるスター級とされる寺でのエピソードが細かいのが非常に嬉しい。もしかし
たら女史もどうバカの一員かも? と一瞬思ったが、だとするなら岩屋寺での
食事はクリームパンにするハズ(^^;)だなぁ、と。そうだったら嬉しいのに・・・。

パレートの誤算

▼パレートの誤算 / 柚月裕子(Kindle版)

柚月裕子強化月間、継続中。
取り敢えず電子版になっているのを片っ端から読もう、ということで、チョイ
スしたのがこの作品。

物語のテーマはなんと「生活保護」
ちょっと前に中山七里の作品で同じテーマのモノを読んだため、個人的に興味
が続いているモチーフ。中山作品が生活保護というシステムの実態に対する問
題提起なのに対し、こちらは生活保護不正受給という犯罪行為にフォーカスし
た、より緊迫感に溢れる内容となっている。

ミステリーとしてもかなり優秀悪人候補・善人候補がクルクル入れ替わる展
開はハラハラするし、落としどころもなかなかのモノ。どんでん返し達成、と
までは言わないが、個人的な満足度はかなり高かった。

それよりも重要なことは、不正の実態が明らかになっていること。
生活保護の不正受給がヤクザのシノギになっている、というのはなんとなく知
っていたが、その手口についてはさすがに詳しく知らなかった。やり口は巧妙
にして卑劣で、人としてどうかと思うレベルの最低な犯罪。それを改めて認識
させてくれただけで、もう脱帽。社会派なんだよな、この作家は。

骨太なミステリーが好きな人には強力にオススメ。
とにかくしばらくは柚月裕子漬けになりそう!

盤上の向日葵

▼盤上の向日葵 / 柚月裕子(Kindle版)

今年の本屋大賞次点に付けた柚月裕子作品。
基本、僕の柚月裕子に対する興味は本屋大賞のノミネートから始まっているの
だから、ここに来てようやく本命に辿り着いた感。

七冠王を目指す将棋界の重鎮に挑むのは、養成組織である奨励会を経ずにプロ
となった東大卒・元IT企業の経営者。その頃、埼玉県の山中で身元不明の白骨
死体が発見された。遺体には刺傷の跡があったため、県警は殺人および死体遺
棄事件として捜査を開始。奇妙なことに、死体の側には数百万円の価値がある
将棋の駒が一緒に埋まっていた。元奨励会員という異色の肩書きを持つ刑事が
一課のベテランと組み、この事件の捜査に当たるのだが・・・という内容。

この作品を含め、これまで4冊読んだ上での僕の柚月裕子評はこれしか無い。
『誰よりも「漢」を感じさせてくれる女流作家』である、と。「漢」は、もち
ろん「オトコ」と読んで欲しい。

この直前に読んだ孤狼の血シリーズの2冊は、いわゆる「任侠」に則った上で
漢臭さだったが、この作品に登場する漢たちで印象深いのは「真剣師」と呼
ばれる賭け将棋の達人たち。財産はもちろん、自らの生死まで賭けて勝負に挑
む彼らの姿には、神々しさまで漂う。将棋モチーフの小説だから、棋譜解説
文章も多々出てくるのだが、その意味が全く解らなくても伝わる緊迫感。この
作家、本当に「恐ろしい」と思う。

さらに、ミステリーとしての組み立てもかなりのレベル。
登場人物の過去が明らかになるにつれ、ジリジリと核心に迫って行く構成は
見事の一言。そして、ラストシーンはまるで映像のストップモーションを観
るかのような臨場感があった。

作品の持つ魅力は、本屋大賞を受賞した辻村深月「かがみの孤城」に勝る
とも劣らない。個人的には、こちらの作品の方が強烈な印象を残してくれた
ように感じる。惜しいなぁ、本当に・・・。

とにかくこの作品で柚月裕子は僕の「全冊読む」作家リストに入った。
このオトコらしい女流作家、僕は大好きです!

凶犬の眼

▼凶犬の眼 / 柚月裕子(Kindle版)

柚月裕子「孤狼の血」シリーズ最新作
前作で亡き者となった悪徳刑事意志を継いだ若きマル暴刑事・日岡のその後
が描かれている。ちなみに舞台は平成初期暴対法施行前の時代。

期せずして警察組織の秘密を握り、マル暴として生きて行く決意を固めた日岡
だが、敢えなく左遷山間部駐在として、平和ながらも悶々と過ごす日岡が、
ある日とんでもない裏社会の大物と遭遇して・・・という物語。

前作よりも強調されているのが、「任侠」という思想。
現代のコンプライアンス的に考えれば、決して褒められる世界では無いのだが、
やはり“男”としてどうしようもなく惹かれてしまうダークワールド。僕らの世
界でもままある「清濁併せ呑む」現場が実に効果的にデフォルメされているか
ら、共感度はかなり高い。

・・・まぁ、共感するのはたぶん男性読者だけだと思うのだが、コレを書いてる
のは女性なんだよなぁ、実は(^^;)。もしかしたら任侠道とは、女性にもしっ
かり響く思想なのかもしれない、と感じた次第。

これは次作期待大!・・・とか書きたいのだが、コレ以降はいわゆる暴対法の
時代。そうなっちゃったら、ここまで一般を惹き付けるエピソードは激減しち
ゃうかも・・・。

でも、続編はあって欲しい!
そして個人的な柚月裕子強化週間はまだまだ続きそう。

孤狼の血

▼孤狼の血 / 柚月裕子(Kindle版)

柚月裕子作品。
「盤上」を読むつもりだったのだが、なんか凄そうな映画予告編を観てしま
ったため、かんたんに予定変更(^^;)。第69回日本推理作家協会賞を受賞した氏
の出世作、「孤狼の血」を読むことに。

・・・いや、驚いた
あまりに本格的なヤクザ小説が展開され、アタマがクラクラする程。
主人公こそ刑事・・・それもズブズブの悪徳刑事を上司に持つ大卒新任・・・だが、
基本線は昭和末期の博徒たちの物語。ちょっと間違ったら無駄になりそうな
暴力団の組織背景が事細かに記載され、まるでノンフィクションのような
アリティが溢れている。

正直言えば、僕がヤクザ関係の作品で読み込んだのはヤングマガジンで連載さ
れていた「代紋TAKE2」くらいだし、男系週刊誌で特集されるヤクザ記事
愛読する習慣も無い。つまりこの手の作品に殆ど耐性が無いのだが、とにかく
グイグイ引っ張られ、翻弄された。おかげでラストがやたら意外(^^;)。後から
考えれば全然読めそうなオチなのに、完全にしてやられた、という状態。

・・・オンナなんだよなぁ、柚月裕子って(^^;)。
映画の記者会見を報じたページに写真が載っていたが、スラッと背の高くイン
テリジェンス感の溢れる姿再び衝撃を受けた。こういう人がこういう小説を
書く、というギャップ只者じゃないな、この作家。

久々に出会った「凄い」作品。
現在続編を読んでいるのだが、残りもうあと3ページ(^^;)。そちらのレビュー
は明日にでも。映画ももちろん観に行くつもりです、ハイ。