Mr.KEIGO HIGASHINO

#God of Mystery


2026年7月23日未明、作家の東野圭吾さんが逝去
死因は大腸癌。葬儀は家族葬にて既に執り行われており、今後のお別れ会
等の実施は未定。享年68

※以下、一部敬称を略させていただきます。
2006年〜2008年にかけて、恐ろしくレベルの高いテレビドラマが幾つか
制作された。具体的には「白夜行」「ガリレオ」、そして「流星の絆」
この傑作ドラマの共通点は、原作『東野圭吾』であったこと。当然の様
に興味を持ち、原作を読み漁り、気付いたら氏の作品を1年程全て読破
以降は新作を待ちわび続ける幸せな日々が始まった。

そう、東野圭吾は、僕を「読書」のフィールドにもう一度引っ張り込んで
くれた作家。もしあの時『探偵ガリレオ』『白夜行』『秘密』などを
読んでいなかったら、年間に100冊近くの小説を読み漁る人間にはならな
かったし、ブックレビューの依頼を受けることも無かった。
言わば僕の「恩人」である。

この作家の何が凄いのかと言うと、100冊を超える著作ダメなモノがほ
ぼ無い・・・いや、皆無である、ということ。1985年のデビューから41年
に渡ってこれを続けてきた、という事実に、ただただ驚愕する。

そんな東野圭吾の作品が、次の「永遠の記憶」でラストとなる。
その事実が、僕には全くピンと来ない。

・・・僕は未だに忌野清志郎の新譜を待っているし、アントニオ猪木の新団
体発足も待っている。おそらくそれと同じ様に、東野圭吾の新作を待ち続
けてしまう気が。

東野圭吾先生。
たくさんの作品を、本当にありがとうございました。あなたの作品に何度
も救われたし、何度も絶望させていただきました。僕はもうあなたの作品
が無ければ生きて行くのも難しくなっています。
なので、お別れは言いません。今はいっとき、ゆっくり休んでいただき、
近いウチに僕がソチラへ行った時に、また大傑作を読ませていただければ。
だから、また必ずどこかで。

TADAO YASUDA

#愛すべき借金王


大相撲力士であり、元総合格闘家、そして元プロレスラー安田忠夫さんが、
2月8日に逝去。勤務先の警備会社に出勤しなかったことから、同僚が都内の自
宅を訪れたところ、室内で倒れているところを発見され、死亡が確認された。
享年62

安田さんは、桜庭和志・アレクサンダー大塚・藤田和之らと同様に、プロレス
ファンの心を救ってくれた格闘家。総合格闘技の黎明期、バタバタと負けてい
くプロレスラーに心をやられていた僕たちに、K-1の番長と呼ばれたジェロム・
レ・バンナを破ることで快哉を叫ばせてくれた。この恩は、一生忘れない

大相撲では孝乃富士の四股名を名乗り、小結まで昇進。何気に横綱・双羽黒
と、北尾光司から二度に渡って金星を獲得している。
馳浩感動のデビュー戦を行った後、長く低迷したが、上記のバンナ戦を経て
プロレスでもスターに。第30代IWGPヘビー級王者として、プロレス史にしっか
り名を残している。

晩年は重度のギャンブル癖が明らかになり、多額の借金自殺騒動など、様々
な場面でその名が聞こえてきた。その中身はけして褒められたモノばかりでは
無かったが、それすらが微笑ましく思える人間力は、尊敬に値する。

もし可能であるのなら、北尾タッグを組んで欲しい。
安田であれば北尾をコントロール出来るし、ロード・ウォリアーズあたりと
闘っても圧倒出来る気が。もし実現するのであれば、僕も必ず観に行くので。

だからまた必ず、どこかで。

Mr.HULK “超人” HOGAN

#HULKAMANIA


2025年7月24日、アメリカンプロレスの象徴であるハルク・ホーガン氏逝去
ホーガンは5月頸椎固定の手術を受けたところ、合併症を併発し健康状態
著しく悪化。療養を続けていたが、7月24日朝9時頃、医療通報を受けた消防
隊と州警察により、フロリダ州クリアウォーターの自宅で心停止の状態で発見
され、近隣の病院に緊急搬送されたが、同日11時17分死亡が確認された。
享年71

かつてはステロイドを常用していた、とされるホーガン。それが事実であった、
と考えるのであれば、よくここまで長生きしてくれた、とすら思う。筋肉マン
タイプのプロレスラーは殆どが短すぎる生涯を終えていたが、ホーガンはそれ
すら乗り越えて魅せた感謝すると共に、最大限のリスペクトを贈りたい。

・・・思い出せる試合はいくらでもある。
あのストロング小林“カリフォルニア・クラッシュ”なるアバランシュホール
ドで秒殺した初来日黒のショートタイツ「一番」の文字を載せ、日本陣営
としてアブドーラ・ザ・ブッチャーと繰り広げた大流血戦アンドレ・ザ・ジ
ャイアントから3カウントを奪った最初レッスルマニア・・・。勿論、いちばん
インパクトがあったのは、アントニオ猪木失神KOに追いやった第一回IWGP
ということになるのだが・・・。

全日本にはファンクスマスカラスが居たが、新日本では外国人ベビーフ
ェイスとなったホーガン。僕自身が多感であった頃であるが故に、この行動の
インパクトは凄かったし、心の底から応援できるガイジンレスラーであった。
そのキャラクターのまま成り上がり、世界でいちばん有名なプロレスラー、と
いうところまで成り上がってくれた。どこまで最高な人なんだろう・・・。

WWF世界ヘビー・WCW世界ヘビー級チャンピオン。そして、第一回IWGP
トーナメント初代チャンピオン『超人』として存在してくれたことに、改め
て感謝とリスペクトを。

そして、これであのカードがマッチメイク可能になった。
馬場&アンドレvs猪木&ホーガン・・・。この試合は絶対に見逃せない!
だからまた必ず、どこかで。

※生涯プロレス界のアイコンで在り続けた故人に敬意を表し、一部敬称を略さ
せていただきました。

Mr.Rick Buckler

#ALL MOD CONS


THE JAMドラマーリック・バックラー氏が逝去
死因は明らかにされていないが、所属事務所は「短い闘病生活」の後に帰らぬ
人になった、と発表。享年69

・・・これでもう、この世でジャムを観られない、という事実がただただ寂しい
正直、リックを“ドラマー”として意識したことは無かったが、オリジナルパン
ク世代の中でも突出したテクニックを誇ったジャムのメンバー、という事実は
消えようが無い。

謹んでご冥福をお祈りします。
・・・でもまた必ず、どこかで。

In The City / The Jam

Hiroaki “EL GRAN” Hamada

#Mariposa


本日飛び込んできた訃報。
プロレスラーのグラン浜田氏が、2月15日(現地時間)、メキシコにて逝去
死因の詳細は明らかになっていないが、長い間闘病を続けていた。今年の始め
に回復が伝えられたが、残念ながら力尽きた模様。享年74
※以下、生涯現役であった故人に敬意を表し、敬称を略させていただきます。

日本にメキシコ流のプロレス「LUCHA LIBRE」を本格的に持ち込んだ偉人
若くしてメキシコに遠征し、そのまま当時の新興団体UWAに定着、三階級
世界王座を獲得。新日本プロレスには年に数回“来日”し、ペロ・アグアヨ
ベビー・フェイスらと熱闘を展開。初代タイガーマスクが出現するまでは、
日本で最高の立体殺法の使い手とされていた。

新日本退団後、旧UWF全日本で活躍した後、一時引退しジャパン女子プロ
レスコーチに。そこで何故か大仁田厚との因縁が勃発し、以降はユニバー
サルみちのくプロレスなど、団体の規模を問わずに参戦、長年活躍した。

UWA世界ミドル・ライトヘビー・ジュニアヘビー級三階級制覇王者。
他にNWA世界ミドルWWA世界ジュニアライトヘビーアメリカスヘビー
BJWヘビーなど、数々のタイトルを奪取。最後の試合は2018年の「昭和プロ
レスフェ
スタ in 仙台」6人タッグマッチとなってしまった。

・・・↑↑、僕が人生でいちばん最初に観た新日本プロレスの興行で行われたの
がこのベビー・フェイスとのタイトルマッチ。テレビでは何度か観ていたが、
実際の浜田の動きはあまりにダイナミックで、呆気に取られたことを昨日の
ことのように覚えている。

後年はよくない話も耳にしたが、彼もまた昭和プロレス重要人物の一人。
これまでの実績をリスペクトしつつ、プロレスラーとして存在してくれたこ
とを心から感謝します。だからまた必ず、どこかで。