ふたつの名前

▼ふたつの名前 / 松村比呂美(Kindle版)

読みたい作家の新刊が今月末まで出ない事が判明。
ということで「読むモノに困ったらKindleストアで松村比呂美作品」を実践。
今回はシンプルなタイトルの作品を選んでみた。ちなみに長編

高齢者向けの結婚相談所でチーフを務める20台前半の女性が主人公。
仕事はもちろん、父母と同居する家庭も順風満帆。全く問題の無い幸せな生活
を送っているのだが、時折正体の解らない「不安」が襲う。主人公がその正体
を探り始めた時、全ての歯車が悲しく動き出す・・・というお話。

いろいろな要素が絡み合った作品なのだが、主題は「人間の正義」だと思う。
間違い無く正しいことをするために、法を犯さざるを得なかった人たちの苦悩
と葛藤が痛いほど良く解り、場面によっては苦しくなる程。当然展開は重苦し
いのだが、気がつくと読了していた、というくらい読みやすい。この作家の
文章は、そういう魅力に溢れていると思う。

そして「高齢者の恋愛・結婚」というテーマに踏み込んでいるのも注目すべき。
もう間もなく、否応無くそういう立場に立つ僕としても、考えさせられる点の
多い佳作であった。

まだ3月も初旬。松村作品、もう2、3読むことになりそう。

本日は遺言日和

▼本日は遺言日和 / 黒野伸一(Kindle版)

続けて黒野伸一作品をもう1作。
今度はもうタイトルからして何かあるとしか思えない「本日は遺言日和」
をチョイスしてみた。どんな日和だよ、とやや突っ込みつつ(^^;)。

かんたんに言うと、「遺言書を書くためのツアー」に参加した客数名と
このツアーを企画したイベント会社新人のお話。

なかなか企画の通らなかった新人女性社員。彼女が初めて通した企画書
「遺言ツアー」。美味しいお料理と温泉でリラックスしながら、ゆっ
くり遺言書を書く、という内容で、アドバイザーとして司法書士やカウ
ンセラーも参加する本格的なモノ。しかし、コレに集まった人たちは皆
一癖あって・・・という感じ。

「遺言書」に着目したところがすばらしい、と思う。
基本、死期が迫ってから書く、のが遺言書だと思っていたが、どうやら
そうでは無いようで。そして、コレがある・無いで、遺族の徒労の量が
違ってくる、という事実が非常に良く理解できる。
そして遺言書は、単なる遺産分配用紙ではなく、面倒を見てくれた人た
ちに伝えなければならないことを記しておける重要なアイテムであるこ
とを知った。いや、マジでいろいろ参考になったかもしれない。

ただ、ここに出てくる「イベント会社」っつーのが、なんか普通に腹が
立つ。こういうツアーを考えるのは基本旅行代理店なハズ。となると、
旅行代理店のハウスか。っつーといろいろやられたあの会社を思い出す。
ま、個人的な事だからどうでもいいけど(^^;)。

そしてこの人の本、表紙がいつもステキ
この表紙の風景をちゃんと覚えておいてから読み始めると、いろいろ
グッとくるかもしれない。

遺言について真面目に考えようとしてる人には超オススメ。
そうでない人も、コレを読めばきっと考えたくなる気がするな・・・。

経済特区自由村

▼経済特区自由村 / 黒野伸一(Kindle版)

限界集落株式会社シリーズでお馴染みの黒野伸一作品。
表紙の雰囲気とタイトルの感じから、限界集落と同系統の農業系町興し
モノを想像していたのだが、予想は残念ながら大ハズレ。ある意味で、
とんでもない内容異色作である。

舞台は自然豊かな廃村。ここでお金を使わず自給自足で生活し、住民
相互で施し合い、義務や強制の無い暮らしの実現を目指すコミュニティ
が存在する。ある者たちは自らの意思で積極的に、ある者たちは生活に
逼迫し否応無くここに参加。究極のエコロジー生活を実践しているが・・・。
ある理由でこのコミュニティに足を踏み入れた人間は、すぐにその異様
さに気づき、真相を探ろうとする。そこでとんでもない事件が起こり・・・。
という内容。

登場人物は多々居り、主人公が誰なのかもハッキリしない。逆を言えば
主要なキャラクターの全てが主人公になり得る構成であり、主軸を誰に
置くかで物語の風景は大幅に変わる。これはおそらく作者の狙い通り。
人によっては、何度か読み返したくなる作品だと思う。

エコロジーをモチーフにしながら、描かれるのはあまりにドロドロした
人間模様。読了後、この作品に「善人」と呼べる人はは何人居るのか、
確認すれば面白い気がする。

黒野伸一作品としてはかなり異色のミステリーで、読み終わってもやや
モヤモヤしたモノが残るのは否めない。それでもエコロジーに関する
記述や解説はさすがで、いつもの黒野作品同様の爽快感もちゃんとある。
読み応えはかなりのもの。ハッピーエンドを期待する向きの人も、
出来れば一度読んで一緒にこのモヤモヤを共有して欲しい。

実現可能なエコロジーとは何か?
それを考える上でのきっかけにはちゃんとなると思うので。

水鏡推理2

▼水鏡推理2 インパクトファクター / 松岡圭祐(Kindle版)

美人国家公務員(一般職・女性)・水鏡瑞希が活躍する推理モノ第二弾
ノーベル賞モノの論文科学誌に発表し、一躍時の人となった女性研究者
は、瑞希のかつての幼なじみ・如月智美。智美のやや暗い過去を知ってい
る瑞希は、どうしても世紀の大発見を懐疑的にしか見られない。そして、
世間も捏造を疑いだし、ついに瑞希の所属する「研究における不正行為・
研究費の不正使用に関するタスクフォース」も動き出す・・・という内容。

ハッキリ言おう。
この物語が生まれたきっかけは、リケジョの星と一瞬だけ世間にもてはや
されるも、すぐさま奈落の底にたたき落とされ、未だに踏みつけられてい
“STAP PRINCESS”こと、小保方晴子の存在で間違いない。
研究者・智美を取り巻く環境やディティールもあの事件に凄く近いモノを
感じるし、徐々に孤独を強いられて行く様もあの時の晴子を彷彿とさせる。
全くのフィクションなのに、ノンフィクションであるかのような臨場感。
これでおもしろくないワケが無い。

副題の「インパクトファクター」という耳慣れない言葉も重要なポイント。
現在の科学が置かれているリアルな現状が、なんとなく解ってくる。

そういうワケで今回も読み応えたっぷりなのだが、前作を全く引きずって
いないのはちょっと問題(^^;)。初回の登場人物で出番があったのは主人公
のみ。あの魅力的なキャラたちが一切出てこない、というのは、ちょっと
寂しい気がする。

まぁ、シリーズが進むに従い、過去キャラとの邂逅もあるんだろうなぁ、と。
とにかく3巻にも大いに期待します!

ふる

▼ふる / 西加奈子

直木賞受賞時のコメントを聴いて以来、「近いうちに必ず読むべき作家」
なっていた西加奈子作品に遂に手を出す。以前アンソロジー内の短編で一篇
を読んだのだが、いわゆる長編は初めて。

表紙はひらがな二文字のシンプルなタイトルに、かんたんな線で描かれた
帯には『私は「いのち」のことが書きたかった。』という印象的なキャッチ、
そしてこれ以上無い笑顔を浮かべる作者本人。・・・さて、これは???

誤解を恐れずに言うのなら、自分勝手「散文」と言った趣の内容。
その手の作品は正直あまり好きではない。苦手な大阪弁も多々登場するし、
個人的には「ダメだぁ〜!」となるタイプの作品なハズ。しかし・・・。

文章全体に妙なリズムがある。
忌野清志郎のスローなメロディを聴いている時と同じ感覚、と言ったら褒め
すぎかもしれないが、惹き付けられる何かが確実にある気がする。

帯にあった「いのち」の正解は人の数だけあると思うが、西加奈子は自信の
「いのち」を得体の知れない説得力プレゼンする。なにがなんだか解らな
いうちに気持ち良くなり、知らないあいだに魅了されてしまった感。

西加奈子、彼女もまた逸材
それが100年に1人のレベルなのかどうかは、幾つか他を読んで判断する。
おそらく、僕の予想は間違っていない気がするけど。