むすびや

▼むすびや / 穂高明(Kindle版)

何が気になったのか?というと、おそらくひらがな4文字タイトル
穂高明という作家はこれまで全く知らなかったし、事後に著作を調べても
知っている作品はただの一つも無かった。だけど・・・。

今回は自分のインスピレーションに感謝した。
これだけ優しくて暖かい内容の小説は本当にひさしぶり。読中に覚えたフワ
ッとした感動最後まで持続したのだから、これはもう名作なのだと思う。

就職活動に失敗し、仕方なく家業の「おむすび店」で働き始める主人公・
女性のような名前にコンプレックスがあり、自分に全く自信が持てない無駄
に美形なイケメンが、東京の下町(たぶん^^;)の人情に触れ、ゆっくり成長
して行く物語。

事件の類は全く起こらないし、ドロドロした人間関係も一切無い。下手すれ
ば冗長な内容になってもおかしくない設定にもかかわらず、退屈を一切感じ
無い。各章のタイトルがおむすびの具材、というのもすばらしい工夫で、そ
れぞれの具材がエピソードの内容を象徴している。一遍を読み終える度に思
わず唸ってしまうのだから凄い。

当然、読後にはおむすびが食べたくなった(^^;)。
こういう店が近くにあったらいいのになぁ・・・。

証言UWF

▼証言UWF 最後の真実 / V.A

柳澤健の『「1984年のUWF」に対するアンサー』として出版された、とされ
る、ある種いわくつきの本。出版社は暴露系のプロレスムックを多数リリース
している宝島社。正直、全く期待していなかったのだが・・・。

柳澤氏の著作と大きく違うのは、この本が「関係者による証言」の集合体であ
ること。1984にも関係者のインタビューは多々掲載されているが、彼の本の
中には“実際にリングに上がっていたレスラー”の言葉が殆ど無い。その代わり
フロント雑誌記者興行関係者の証言が多く掲載され、さらには柳澤氏の
鋭い見解に溢れている。そのため、読み物としてのグレードが高く、満足度の
高い作品に仕上がっていた。

しかし、こちらは完全に真逆
基本はUWFに参加していたレスラーとその周辺の人々の“言葉”のみで構成され、
余計な脚色編者の意見などは一切掲載されていない。1984を読んだ後だか
らこの編集方針は非常に効果的で、一度ケリが付いた筈の僕のUWFへの思いが、
もう一度頭をムクッと起こしてきたような感覚さえ産まれた。

この本に対し、“証言”をしたUWF戦士は下記の通り。
前田日明・藤原喜明・山崎一夫・中野巽耀・宮戸優光・安生洋二・船木誠勝・
鈴木みのる・田村潔司・垣原賢人
・・・UWFのリングで、僕自身が全員のファイトを目撃している。彼らの語り口
皆一様に魅力的ながら、全員が明らかに違う見解を持つ。この証言集に説得力
が無いワケが無い。これもまた、“凄い本”である。

30年近く前に消滅した団体なのに、今もこれだけの求心力を持つUWF。
あの団体の始まりから終わりまでを観た僕も、きっと一生UWFを抱えて生きて
行くんだろうなぁ、と思った。

宝島真面目にプロレス本を作った結果がこの本。
出版社にアレルギーのあるプロレスファンも多いと思うが、UWFに心を揺すら
れた覚えのある同志なら、読んでおかないと損をする。名作です。

またやぶけの夕焼け

▼またやぶけの夕焼け / 高野秀行(Kindle版)

クレイジーなトラベラーとして数々の紀行文をリリースしている高野秀行が、
(おそらく)自らの幼少期の体験を延々と綴った私小説的な作品。

キャッチコピーによると、ジャンルは「青春小説」らしいのだが、感覚的に
はそれよりも随分前、男の子が思春期に入るか入らないかくらいの時期を描
いたモノ。まぁ、かんたんに言うと都下(この小説の場合は八王子)に住む
1960年代後半に生まれた小学生が、毎日をどのように過ごしていたか?が、
キッチリ理解出来るホンワカ系。ほぼ同世代の僕としては、非常に共感度が
高く、最後までしっかり楽しめたのだけど・・・。

正直、女性とかの受けは悪いかもしれない(^^;)。
男性なら、「ああ、あったあった、そんなこと!」というエピソードが満載
で、ニヤニヤしながら読めると思うけど、さすがに女の子はなぁ・・・。
ただ、作者はきっとそのあたりを全くターゲットにしていない、というのも
非常によく解る。そのあたりの潔さ、決してキライじゃ無いです、僕は。

そして、この人の文章は単純に面白い。それも、思わずプッと吹き出してし
まうような言い回しを絶妙なタイミングで使っており、読んでいて非常に楽
しい。紀行文もいいけど、こういう作品でもしっかり真価を発揮できている
のだから、この人の懐も結構深い気がする。

・・・なんかクワガタ取りに行きたくなってきた(^^;)。
ノスタルジーに浸りたい同年代男性、ぜひ読むべし!

アキラとあきら

▼アキラとあきら / 池井戸潤(Kindle版)

池井戸潤の新作は、文庫電子書籍でリリース。
僕はもちろんKindle版をチョイスしたのだけど、書店で文庫の束を見たら、
これが尋常で無い厚さ(^^;)。電子書籍だとそういうのを意識することが
あまり無いのだが、なるほど確かに長かった。しかし・・・。

・・・ただただ、凄い
この長さの作品をたった2日で読了させてしまうのだから、物語のすばらし
さはとんでもないレベル。そして、氏お得意の“銀行系”にやっぱりハズレ
は無い。池井戸ワールド全開、経済モノなのに手に汗を握らせる読み応え
たっぷりの長編に仕上がっている。

今作のポイントは、やっぱり主人公が「瑛」「彬」2人であるという
こと。どちらも読みは「あきら」だが、境遇の全く違う2人がメキメキと
成長し、優秀なバンカーとなって難関に対峙する様は、ちょっとした大河
ドラマ。胸のすくような展開は、間違いなく読者を魅了すると思う。

半沢シリーズ花咲シリーズの時にも感じたのだが、この人の描く銀行員
は皆とても魅力にあふれている。例えば、読書好きの小学生・・・まぁ、高学
年になるだろうけど・・・がこの作品を読み、将来は絶対にカッコイイ銀行員
になる!とか決心してしまうかもしれない。

解説によるとこの作品、実は過去の雑誌連載(2006-2009)をまとめたも
ので、「下町ロケット」よりも古い物語である。にもかかわらず、古くささ
の類は一切感じない。逆に、どうしてこれまで寝かせていたのか、非常に
疑問が残る(^^;)。リリースされて良かった、と心から。

そしてこの作品、7月WOWOW連続ドラマW枠で映像化されるらしい!
・・・なんか凄いことになりそう♪

笑いのカイブツ

▼笑いのカイブツ / ツチヤタカユキ(Kindle版)

各所で話題の「イッちゃってる構成作家」ツチヤタカユキのデビュー作。
単行本はちょっと大きめの書店で平積みになっているのだから、それなりに売れ
てる本だと思うのだけど、何故だかKindle Unlimited。取り敢えず読んでみた。

確かに、評価されるのは非常に良く解る。街でしばしば見かけるようなちょっと
オカシイ人の心情って、もしかしたらこんなんじゃないか?とか思う。圧倒的な
“人間臭さ”がそこらじゅうに漂う筆力は、異様な「圧」を感じざるを得ない。
こういう人が、本当におもしろいネタを書くんだろうなぁ、と。そういう意味で、
説得力は抜群の作品ではある。だけどね・・・。

そういうとこも含めて、お前らみたいな種類の人間が羨ましいんだよ、オレは!
と叫び出したくなる。お笑い以外は何も出来なかったとしても、その世界では
有名人になってるじゃねぇか! 世間に認められてるじゃねぇか! もしそういう
才能がオレに1つでもあったのなら、おそらく他には何もいらない。そんな生き
方が出来なかったから、こうなるしか無かっただけのこと。オレから言わせれば、
お前こそが全部持っているこれみよがしに自慢すんじゃねぇ!

・・・というのが、正直な感想(^^;)、かな。
おそらくこの作品を読んだ人は、良い評価だろうが悪い評価だろうが内容は絶対
「熱い」筈。僕ですらこういう熱い感想を持ったのだから、「凄い本」だとい
うのは認めよう。クセはすっごく強いけど(^^;)。
・・・あと、大阪弁がやっぱイヤ(^^;)。