コンビニ人間

▼コンビニ人間 / 村田沙耶香(Kindle版)

2016年上半期・第155回芥川賞受賞作品。
・・・僕とは全く相性の合わない芥川賞作品。これまで読んだ同賞受賞作品の中で
ピンと来たのがピース・又吉直樹「火花」くらい。なので通常は避けるタイプ
なんだけど、タイトル煽り文に惹かれて思わず電子書籍版購入。さて・・・。

僕らの年代は「初代コンビニエンスチルドレン」に該当する。
今やそこらへんにあるのが普通なコンビニエンスストアだが、その頃住んでいた
街に最初のセブンイレブンが出来た時は、本当に感動を覚えた。以降は夜に手持
ちぶさたになると何故かコンビニへ(^^;)。そのクセは、今も結構変わっていな
いような気がする。

そんなコンビニで「働く」方の女性を描いた物語。
先天的生活機能障害を抱えた女性が主人公。36歳でこれまで就職の経験無し
大学在学中から18年間をずっとコンビニのアルバイト店員として過ごす。未婚
恋愛経験無し、そして処女。間違いなく常人とは異なる感覚を持つ彼女が、
唯一社会と繋がっていられる場所がコンビニエンスストア。コンビニのマニュア
に従い、店員「演じる」ことで、社会に必要な「部品」で居られる。
そんなコンビニに、あるが同じアルバイトとして入ってきて・・・という内容。

主人公はもちろんだが、途中から登場する男性(←コイツはクソ^^;)がやたら
サイコ。特に何が起こるでも無い展開なのにもかかわらず、ちょっとしたホラ
ー小説を読むよりよっぽど薄気味が悪い。その所為で読むのを中断するタイミン
グが全く無い、という見事な構成。正直、これまで読んだ芥川賞作品の中では
ベスト。一気に読ませてくれる筆力、単純にすばらしいと思う次第。

そして、個人的には主人公の女性をちょっと尊敬さえしている自分に気づく。
週5日勤務し、職場を愛し、周囲に絶えず気を配る。立場はアルバイトかもしれ
ないが、コレはもう立派な「仕事」。そしてそこに18年も勤務している段階で
もう僕は負けている。自慢じゃないが、同じところで18年働いた試しなど無い
のだから。

こういう形のプロフェッショナルが居ても全く問題無い。というか、フランチャ
イズ側の人間はそういうスタッフさんをすくい上げ、活躍する場・・・トレーナーと
か研修担当とか・・・を与えてあげるべきなんじゃないか、とすら思う。

ちなみにこの作品、問題提起が多々ある筈なのに、ラストまで一切の解決は無し
にもかかわらず、充実した読後感をくれた村田沙耶香という作家を、僕は心から
リスペクトします。

・・・芥川賞にもいい作品あるじゃん♪

蒙古の怪人

▼”蒙古の怪人” キラー・カーン自伝  / キラー・カーン

毎号愛読しているG SPIRITSで出版が予告されてからずいぶん経った気が(^^;)。
待たされに待たされたおかげか、書店で手に取った時は思わず笑みを浮かべてし
まった程の待望の一作。“アルバトロス”こと、キラー・カーンの自伝である。

誤解を恐れずに、そして最大限のリスペクトを込めて敢えて言う。
キラー・カーンとは、「世界でいちばん有名な偽モンゴル人」生粋の日本人
ありながら後頭部に弁髪を結ってモンゴリアンを演じ続け、大袈裟で無く全米を
震撼させた最高のプロレスラーの一人。もしかしたらアメリカのオールドファン
は、今もカーンを本当のモンゴル人だと思っているかもしれない。

僕の考える「アメリカで本当にブレイクした日本人プロレスラー」は、実はそれ
ほど多く無い。思いつくままに並べてみても、ジャイアント馬場グレート・カ
ブキグレート・ムタ獣神サンダーライガーTAJIRI、最近の中邑真輔くらい
のもの。もちろんその中に、文句なくキラー・カーンも入っている。

現役時代のカーンは本当に凄いプロレスラーだった。
日本人離れした体躯に加え、あまりに恐ろしい表情。外国人相手でも一切体力負
けせず、相手が誰であろうと(例えばアンドレでも)真正面から攻撃を受け、自
らも真っ向からぶつかっていく。アルバトロス殺法と呼ばれたコーナー最上段か
両膝を落とすニードロップ説得力抜群で、一時は日本人最強かと思った程。
そんな名選手が綴る自らの半生は、やっぱり豪快面白い

印象に残ったのは、キラー・カーンという男の正直さ
カーンほど秀逸なプロレスラーがどうして全盛期にプロレスを辞めなければなら
なかったのか?とか、どうしてこれまでカーンがカール・ゴッチについて語らな
かったのか?など、思わず唸ってしまうようなエピソードが多々。この本を読み
終わる頃には、誰もが新大久保の「居酒屋カンちゃん」に行き、更に深い話を聞
きたくなるんじゃないか? そんな気がする。

そして・・・。
唯一無二のプロレスラー、キラー・カーンを引退に追い込んだ長州力を、僕はや
っぱり好きになれない、と改めて思った。あのど真ん中さえ居なければ、もっと
長くカーンの勇姿を観れたかも、と思うと、改めて腹が立つ。晩年の地獄は因果
応報なんだよな、きっと・・・。

ちょっと今から仕事やめてくる

▼ちょっと今から仕事やめてくる / 北川恵海(Kindle版)

書店の文庫コーナーに平積みされていた商品。
煽り文を読んで興味を持ち、電子書籍版を購入。果たしてこの買い方
は正しいのか?と問われると、自分でもちょっと疑問なのだけど・・・。

北川恵海という作家はもちろん初めて。平積みになっていたのは、第21回電撃
小説大賞・メディアワークス文庫賞を受賞したかららしい。この賞にはあんまり
興味は無いのだけど、帯だけ読むと最近話題になっている「事件」と同じような
世界を扱っている模様。先入観を捨ててに読んでみた。

かんたんに言えば、ブラック企業に勤務し、ニッチもさっちも行かなくなり、
無意識のうちに自ら命を絶ってしまいそうだった男が、突然現れた小学校時代の
同級生を名乗る不思議な男性に救われる、という物語。ファンタジー要素の強い
作品かと思いきや、決してそんなことは無く・・・という感じ。

それほど長い作品ではなく、文章のテンポも良いので、約半日程度で一気読み。
正直、テクニック的にはまだまだなところもあるし、読み応えという部分では
充分では無い。しかし、中身は決して軽くなく、読中にところどころで考え込
んでしまう部分が。作者が何を伝えたいのか?が非常にハッキリしており、何気
ない台詞の一つ一つが確実にこちらの胸を打ってくる。今後がさらに期待出来
る作家、と言って良いと思う。そして・・・。

下記よりちょいネタバレ注意

幸いなことに、僕は「ブラック」と感じる会社に勤務したことは無い(筈)。
だから、本当の意味では主人公に共感出来ていないと思うのだけど、作中に激務
が原因で自殺してしまった男母親「逃げ方を教えなかった」ことを悔いてい
る部分を読んで大いなるショックを受けた。もし自分が人の親になったとして、
親として「頑張れ」以外の言葉をきちんと言えるかどうか・・・。それを考えると、
本当に怖くなる。

岡村靖幸の歌に、こんな一節がある。

“寂しくて 悲しくて つらいことばかりならば
あきらめて かまわない 大事なことはそんなんじゃない”

・・・自分に近しい人がピンチに陥ったらこの歌を贈りたい、と改めて決意。
どれだけ不景気だろうと、どんなに就職難であろうと、やっぱり“たかが仕事”
自分がそれを楽しめるかどうかで、“されど仕事”になるんだと思う。

本当に辛いのなら、本人はまず逃げること
そして人の親ならば必ず子どもに「逃げ方」を教えなければならない
後から何を言っても、大事なものは絶対に戻らないんだから。

セイレーンの懺悔

▼セイレーンの懺悔 / 中山七里(Kindle版)

連続で中山七里作品。この作家、1作読むと続けて他の作品を読みたくなっちゃ
から本当に不思議。

この作品もある殺人事件を軸に進むのだが、描かれるのは警察でも犯人でもその
周辺の人物でもなく、なんとメディア。それも、ワイドショー的な番組を擁する
テレビ局女性レポーター制作スタッフが主役を張る、ちょっと変わった設定
のミステリー。

正直言えば、他の中山七里作品に比較するとミステリーとしてのレベルは決して
高くない。お得意の「どんでん返し」まで含め、中盤の段階で最後がどうなるか
見えていた。しかし、昨今の行き過ぎた取材姿勢が取りざたされがちな「報道」
という概念について、深く考えさせられる意欲作であると思う。

主人公がモラル視聴率の間で揺れる描写は切なくも凄まじい。確かに「いけな
いこと」と解っていても、我々は人の不幸が大好きだし、誰かの致命的な失敗
楽しくてしょうがない。だから、世論に追われてニュース的な切り口の番組に変
貌したかつてのワイドショーが、本当は恋しくてたまらない。しかし、自分の口
から出るのは、ワイドショーを揶揄する言葉のみ。擁護する言葉は絶対に出ない。

本当は多くの人が求めている「必要悪」を、罵倒されながらも作り続けなければ
ならない職業がある。そういう多くの人たちが、実は持っているであろう「信念」
を、作者は代弁したかったのではないだろうか。いや、もしかしたら「そうあっ
て欲しい」という願望かもしれないけど。

問題作。でも、しっかり読まずにはいられない作品であることも間違いない。
ある程度、覚悟して読むべき

テミスの剣

▼テミスの剣 / 中山七里(Kindle版)

ひさびさの中山七里作品。テーマは「冤罪」
主役はヒポクラテスシリーズ古手川ボス渡瀬班長。渡瀬がまだ駆け出しの
刑事だった頃に担当した殺人事件から始まる、あまりに長く、そして重い事件
一部始終が描かれている。

自らも関わった冤罪事件に対し、逃げること無く立ち向かって行く渡瀬の描写は
「凄まじい」の一言。「正義」という概念の重さに驚嘆し、その不安定さに切な
くなる。おそらく、氏の最高傑作の一つとして残る作品だと思う。

内容に関する詳細の記述は避ける方が賢明。どの部分を説明してもある種のネタ
バレになる可能性がある、というのは、ミステリーとしての構成にスキが全く無
い、ということ。ただ、重くて暗いテーマなのにもかかわらず、一気に読める
ということだけは保証しておきた。

中山七里作品の魅力は、代名詞でもある「どんでん返し」なのは間違いない。
今作もラストは怒濤の展開であり、全く予想出来なかった人物が真犯人として裁
きを受ける。しかし「もしかしたら本当にあるんじゃないか?」と思わせるくら
いの圧倒的なリアリティは、その上を行く大きな魅力。もっとも、そこはいちば
ん恐ろしい点でもあるのだけど。

そして、この物語は中山作品のオールスター戦的な要素も多々あり。
前出の古手川に加え、存命中の静おばあちゃん、名前だけだが犬養刑事など、
他作品の主要キャラクターがチョコチョコと登場する。日常的に中山作品を読ん
でいる人ならニヤッと出来ること請け合い。そのへんを楽しみに読むのもいいか
もしれない。

やっぱりいいなぁ、中山七里。
ミステリーとはこうあるべき、の見本のような作品。万人にオススメ!