二年半待て

▼二年半待て / 新津きよみ(Kindle版)

個人的におよそ1年ぶり新津きよみ作品。
今回の購入動機はものすごく印象的なカバーイラスト。奥付を読んでもイラス
トレーターの記載が無いのだが、妙に気になる画風。みたことある気もするの
だけど・・・。

本編は人生における様々な「活動」をモチーフとしたヒューマンミステリーで、
7篇からなる連作短編集。作者本人のあとがきによると、それぞれの篇のテーマ
就活婚活恋活妊活保活離活、そして終活。殆どのワードがATOK
一発変換出来るので、世間的にはかなり浸透している略語だと思われる。
しかし個人的には「保活 → 保育施設情報の収集など、子どもを保育所に入れ
るために保護者が行う活動」と、「離活 → 離婚を前提として行う活動」の2つ
を知らなかった。コレはちょっと悔しかったなぁ(^^;)。

そして、今回は叙述トリックがかなり冴えている感。女史らしく、やや重たい
物語を淡々と描きながら読者のミスリードを誘い、篇の終盤で思わぬ展開を見
せてくれる。ミステリーとしての読み応えもバッチリなのだが、それよりも心
に残るのは人間関係の難解さ。こういうパーソナルな事件は誰にでも起こる可
能性があるが故に、そのリアリティに背筋が寒くなるほど。

この作品のモチーフとなった7つの活動は一般的な時系列に沿って並べられて
おり、全ての活動をコンプリートした人も多々居ると思う。僕はどの活動も今
のところ一切経験していないのだが、果たしてソレは幸か不幸か・・・。そんな
ことを自問自答してしまうくらい、“考えさせられる”良作だと思う。

もしかしたら、これまで読んだ新津きよみ作品の中でいちばんインパクトの
強い作品かも。ちょっとハードなヒューマンミステリー好きは是非!

long range

▼ロングレンジ / 伊坂幸太郎(Kindle版)

伊坂幸太郎のシングル。
書き下ろしの「ロングレンジ」に、名作「アイネクライネ」をカップリングし
ロックンロールテイストに溢れた作品。

・・・という、まるで一流アーティストの最新CDのレビューみたいな書き出しが
可能なのが伊坂幸太郎の特別なところ。ついでに言えば、Kindleシングルなの
にUnlimited対象になっておらず、有料配信オンリー。ビジネスモデルとして
ソレが成立するところも、伊坂幸太郎という特別扱いされるべき作家の真骨頂
だと思う。

アイネクライネは以前読んだ「アイネクライネナハトムジーク」でレビューし
ているので、今回は新作短編「ロングレンジ」にフォーカス。

氏の作品としては珍しく女性が主人公。
そして、登場人物の誰もがいわゆる「フツーの人」である、というのも異色。
しかし、描かれる世界は完璧な伊坂幸太郎の世界であり、シニカルなユーモア
に溢れたヒューマンミステリーに仕上がっているところが凄い。

もうこの人はどんなジャンルの文章を書いても面白いんじゃないか?と思う。
小説やエッセイはもちろんのこと、なんなら詩とか、下手すれば新聞記事とか
進行台本とか、もしかしたら家電製品の説明書なんかでも、伊坂幸太郎が書い
た文章なら絶対にニヤニヤ出来る自信があるなぁ、今現在。

そして前にも書いた覚えがあるのだが、伊坂幸太郎はKindleシングルをもっと
短いスパンでコンスタントに出すべき。書き下ろしの短編はファンを狂喜させ
るし、初めて伊坂幸太郎に触れる読者もカップリングで過去作品にも触れるこ
とができるのだから、効果は絶大。そしてファンならちゃんと「アルバム」
購入する。心配せずに毎月どーぞ!

探偵が早すぎる(下)

▼探偵が早すぎる(下) / 井上真偽(Kindle版)

わりとさっくり読み終わった井上真偽「探偵が早すぎる」下巻
上巻から舞台は転換。亡き父より5兆円の遺産を受け継いだ主人公の女子高生が、
亡き父の四十九日法要の日に、自らの命を狙う親族一同と対峙する、という、
言わば一点集中型の物語へシフト。矢継ぎ早にあの手この手で「事故死に見せか
けた暗殺」を企てる血縁者たちの企みを、基本実行される前(^^;)に悉く潰して
いく「早い探偵」の活躍が描かれている。

上巻でも感じたように、トリックの作り込みはなかなかすばらしい。
特に最後の刺客が計画した暗殺は正しく「コロンブスの卵」的な発想であり、
なんでソレに気付かない??、と自分を責めたほど。ミステリーのお手本と言っ
て過言の無いレベルだと思う。でも・・・。

これはもう好みの問題だと思うのだけど、中途半端なラノベ臭さが最後まで抜け
なかったのがちょっと残念。この作家、そういう部分はサクッと捨てて、いわゆ
「本格ミステリー」の道に進むべきだと思う。前述した通りトリックは優秀だ
し、説得力も充分。もしかしたら他の著作にはそういうものがあるのかもしれな
いけど。

上下巻合わせるとそれなりの長編になるのだが、それほど読むのに苦労しない
イプのミステリー。アレっぽさが気にならない人には良いと思う次第。個人的に
ちょっと惜しかったかな、やっぱり。

探偵が早すぎる(上)

▼探偵が早すぎる(上) / 井上真偽(Kindle版)

読むべき本がなくなるエアポケット状態。ここは軽いミステリーを読もう、
ということでKindleストアのリコメンドをチェック。タイトルだけを確認して
あ、コレ読もう!ということで購入した作品。しかし・・・。

実は完璧な勘違い(^^;)。
東川篤哉の新作だと信じて疑わなかったんだよね、タイトルの雰囲気から(^^;)。
つまり、抱腹絶倒系ユーモアミステリーが読める、とばっかり思っていたの
だけど、作家から内容から全然違っちゃった、ということ。ソレに買ってから
気付いたのだから、読む前にまず乾いた苦笑いが出た(^^;)。う〜ん・・・。

それでもまぁ、せっかく手に入れたのだから読んでみた。
井上真偽という作家はもちろん初めて。狙いとしては作り込まれたミステリー
の中にちょっとした笑いを散りばめる、という感じ。実際、ミステリーの組み
方は綾辻行人ばりの本格派で、トリックもかなり優秀だと思う。著者プロフィ
ールによるとなんと東大卒。なるほどなぁ、と思った。

しかし、問題点もいくつか。
まずはキャラクター初期設定荒唐無稽過ぎて、リアリティの類が一切感じ
られない。さすがに総額で兆を超える遺産を相続した女子高生身内から命を
狙われる、とか言われても全くピンと来ないし(^^;)。そして、キャラクター
氏名とか、ややバタバタする物語とか、そういうところに・・・あの・・・なんと
いうか、ラノベ臭(^^;)を感じてしまう。苦手っちゃあ苦手なんだよなぁ、こ
ういうの。

ただ、上巻だけ読んで終了、というワケにはいかない作品であることも確か。
総合的な評価は下巻読んでからだな、うん。

ネメシスの使者

▼ネメシスの使者 / 中山七里(Kindle版)

中山七里の新作。
お馴染みの渡瀬・古手川コンビが活躍するミステリー。故に、通常ならば極上
のミステリーを楽しませて貰うところなのだけど・・・。

前回読んだ「ドクター・デス」同様、この作品もやたらに「重い」
テーマになっているのは「死刑制度」死刑という極刑を配置しながら、何故
だかその判決を避ける傾向にある日本の司法に対するテーゼ、と言った感じか。

死刑判決を受けて当然の罪を犯しながら、無期懲役を勝ち取った凶悪犯たち。
死刑にすべき罪人を悉く無期懲役刑としてしまう裁判官
罪人の無期懲役刑執行後、やり場の無い怒りと絶望にさらされる被害者家族
身内だ、と言うだけで生活の全てを壊される加害者の身内
そして、彼らの狭間に立って苦悩する検察官と、“正義”に翻弄される刑事たち。

・・・まずはこの多様な登場人物たちのうち、加害者以外の誰に感情移入をして
読んだらいいのかを凄く悩む。ストーリーは決して難解では無いのだけど、
そこが確定しないうちに物語はどんどん進んでしまうので、感情のコントロー
が難しくなってしまう。速読を自負する僕だけど、この作品に関しては全く
無理。読中、章が変わる度に心を整理しないと、やりきれなくなってしまうの
だから。

氏お得意のどんでん返し展開もあるにはあるのだが、この作品に関してそこは
あまり重要では無いのかもしれない。とにかく、「考える」ポイントの多い、
ある種の問題作だと思う。

人の命の重さと軽さが交錯する、底冷えするような恐ろしい本
少なくとも現行の死刑制度の在り方一石を投じた内容である事は間違い無い。
しばらく悩みそうだな、この問題・・・。

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