MASA SAITO

『獄門鬼』の異名を取ったプロレスラー・マサ斎藤が、7月14日に永眠
2000年よりパーキンソン病を患いながらも、不屈とも言える精神の強さ
で闘病。2020年開催予定の東京五輪で聖火ランナーとなることを目標に
リハビリを重ねたが、容体が急変した模様。享年75

日本プロレスに入門しながら、アントニオ猪木と共に東京プロレスへ移籍。
同団体崩壊後は日本の団体に属せず、フリーの一匹狼としてアメリカマッ
トを渡り歩いた。タイトル獲得歴も意外にもの凄く、NWA世界タッグ王座
WWFタッグ王座フロリダヘビー級王座等を次々獲得。日本でも北米タ
ッグ王座IWGPタッグ王座に就き、1990年東京ドーム大会ではラリー
・ズビスコを破ってAWA世界ヘビー級王者にもなった。

しかし、我々にとって最も印象深いのは、1987年無観客巌流島で行わ
れたアントニオ猪木との一戦。ノールール2時間に渡って行われた異様な
試合は、否応なく我々の心に刻み込まれた。

闘病中の斎藤の姿には、心打たれるモノがあった。
もし自分が大きな病気になった時、ああいう生き方が出来るのか?と問わ
れても、絶対にNoとしか言えない。信条である「Go for broke」をリング
内外で体現した、偉大な男であったと思う。

昭和の名選手が、また一人。
“本当のプロレス”を魅せてくれた獄門鬼に、感謝リスペクトを。
そして、晩年のマサ斎藤をケアしてくれた健介オフィスの皆様にも、心か
ら感謝いたします。

※プロレスラーであった故人に敬意を表し、文中の敬称を略させていただ
きました。