猪木は馬場をなぜ潰せなかったのか

▼猪木は馬場をなぜ潰せなかったのか / 西花池湖南

プロレス「黄金時代」とされる1980年から89年までの10年間の解説本。
俗に新日本・全日本「二団体時代」とされる時期で、両団体の試合が地上波の
ゴールデンタイムで放映されていた、プロレスがいちばん熱かった時代。その頃
に選手としても経営者としても団体のトップを張っていた日本プロレス界の象徴
アントニオ猪木ジャイアント馬場対立と、両者の権力が衰えていく様子が時
系列で描かれている。

・・・この手のプロレス本に関してはかなりの数を読んでいるのだが、正直中途半
な印象。ディープなプロレスファンであればおおよそ知っている事実に対し、
主観を混ぜた状態で淡々と書かれているのだが、その肝心の「主観」があまりに
画一的。一冊の本としてまとめる場合、もう少し自分の考えが前面に出てきてく
れないと、すれっからしの我々は共感も批判も出来ない

そして、がっかりしたのはタイトルに対する明確なアンサーが記載されていない
こと。まぁ、文脈から察しろ、ということだとは思うのだが、だとするなら特に
必要の無い本(^^;)、ということになっちゃうと思う。

それなりに読める本ではあるが、良い意味でも悪い意味でも「問題作」では無い
そういうプロレス書籍ってインパクトも無いんだよなぁ、実は・・・。

スーツケースの半分は

▼スーツケースの半分は / 近藤史恵(Kindle版)

久しぶりの近藤史恵作品。
ちょうど読む本が切れたところでKindleストアを徘徊中、表紙デザイン可愛さ
に惹かれて思わずポチっと。いわゆるジャケット買い、というヤツ。

「旅」をテーマとしたヒューマンドラマ
ある女性がフリーマーケットで見掛け、一目惚れした青いスーツケースを入手。
やがてそのスーツケースは友人たちに貸し出され、世界中を駆け回る。そのう
ちに「幸運のスーツケース」と呼ばれるようになって・・・という物語。

旅モノの小説はこれまで幾つも読んで来たが、この作品ほど「清々しさ」を感
じたモノはこれまで無かった。偶然手に入れたスーツケースがキッカケとなり、
いろんな人たちが旅先で「生きて行く上で大事なモノ」が何かを見定めていく。
役割を終えるとスーツケースは次の人の手へ。そうやって巡り巡るストーリー
は、はかなくも美しい。大きな事件は全く起こらない「静かな小説」だが、ど
の篇を読んでもジーンと来てしまうのが凄い。

ファンタジー・・・とまで言わないものの、読後感はソレに非常に近いモノが。
おそらくこの作品、きっと何度か読み返すタイプの本になると思う。

旅行、それも一人旅が好きな人はきっとハマりそう。
ウチの今のスーツケースも色は青だが、いつの日か幸運のスーツケースに化け
てくんないかなぁ・・・。

ツキマトウ

▼ツキマトウ 警視庁ストーカー対策室ゼロ係 / 真梨幸子(Kindle版)

真梨幸子新作なのだが
このタイトルを見ると普通に思い浮かぶのがいわゆるシリーズモノミステリー
中山七里今野敏などの秀作群をどうしても想像してしまいがちで、最初は
「遂にイヤミスの教祖もこういう世界に進出してくるのか・・・」と考え、ある種
寂しくなった。そういうのは他の作家に任せといてもいいじゃねぇか、と。が・・・。

幸子サマ、あまりにお見事です!
今回も徹底に徹底を重ねたイヤミス。イヤミスとはこうあるべき、的な構成は
本当にコチラのアレな部分ガツガツ突いてくる。なんつったて起こる事件が
詐欺・ストーカー・リベンジポルノ・地下アイドル偏愛・盗撮・盗聴。人間が
起こす事件の中でも相当に陰湿イヤラシイモノばかりをかき集め、暗黒の世
を構築してしまう手腕、凄いと言わざるを得ません!

そして、完成度が異様に高くなっている独自の叙述トリックにも注目。
とにかく胡散臭い人物がこれでもか!とばかりに登場し、整理が追いつかない
状況をカッチリ仕立て上げる。「鸚鵡楼の惨劇」あたりで開発され、磨き上げ
てこられた技術だが、以前感じた面倒くささが全く無く、整理出来ない状況で
興味が継続する、という凄まじいテクニック。もしかしたら今現在、日本の
代表的なミスリードメーカーは、真梨幸子かもしれない、とまで思った。

とにかく、最強のイヤミス作家入魂の一作
今年に入ってから3ヶ月に1作のペースでリリースが続いているのも嬉しい。
ただ、身体を壊さないように願います。真梨幸子作品が読めなくなっちゃたら、
もう楽しみが半分無くなっちゃうのと同じなので。

検事の本懐

▼検事の本懐「佐方貞人」シリーズ / 柚月裕子(Kindle版)

柚月裕子の旧作がゆっくりと電子書籍化中。
今回の作品はこないだ読んだ「最後の証人」の主役・佐方貞人が検事だった頃
の物語で、全5篇からなる連作短編集

もちろん法廷ミステリー、それも気合の入ったハードな内容なのだが、全ての
エピソードがいわゆる「人情モノ」。服装こそ無頓着だが、若手で一本ビシッ
と筋の通った優秀な検事。彼がブレずに様々な事件に審判を下す様は実に清々
しい。起こる事件はそれなりに暗澹としてるんだけど(^^;)。

ということで内容には全く文句は無く、いろんな人にオススメ出来る良作。
問題はこのシリーズを読むにあたっての時系列なんだけど・・・。

いろいろ調べた結果、佐方が検事から弁護士に転身した「最後の証人」が第一
弾ということで正しいらしい。その後を追うように若手検事時代の当作、その
後にいまのところの最新作「検事の死命」という順で出版されている模様。
もしこのシリーズを時系列で読みたいのなら、「本懐→死命→証人」の順番で
読むのをオススメしておきます。

そして「死命」は今月末に電子書籍版がリリース予定。
それまで待てるかなぁ、オレ(^^;)。

真説・佐山サトル

▼真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男 / 田崎健太

初代タイガーマスクとして一世を風靡した佐山サトルの評伝。
著者の田崎健太とは、あの「真説・長州力」を書いたノンフィクション作
家。あの本の好き・嫌いはともかく、取材力に関しては確実に信用出来る
仕事人であることは間違い無い。

・・・いやぁ、凄かった
まずハードカバーの単行本で500ページを超える物量だけでも凄い。これ
に加え、佐山本人や周辺の人々に丁寧に取材がなされており、いい加減な
記述・断定的な記述の類いが一切無い。内容に関しては、これまでいろい
ろなところで書かれてきた初代タイガーや佐山のエピソードとほぼ相違な
く、誤解を恐れずに言うのなら、壮大な「まとめ」を読んでいる気分。だ
けど・・・。

もし田崎さんで無い人間が「まとめていた」のであれば、そんなこととっ
くに知ってたぜ!的な、妙な否定を伴った感想しか出てこなかった気がす
る。キッチリ仕事の出来る作家さんが書いてくれるからこそ、僕らが特別
な感情を持たざるを得ない「唯一無二の存在」物語を楽しむことが出来
た、と思う。田崎さん、本当に感謝します。

そして改めて、佐山サトルという男の「天才ぶり」を思い知った。その上
で、佐山サトルというプロレスラー・格闘家が、今の僕にどれだけの影響
を与えてくれたのかも再確認出来た。

タイガーマスク熱狂したこと、旧UWFゾクゾクしたこと、シューティ
ング「恐ろしい競技が始まった」と感じたこと等を昨日のことのように
思い出す。何より、本人の意には沿わないのかもしれないが、僕が変わら
ずに大好きなプロレスの世界戻ってきてくれた佐山には、本当に感謝し
か無い。

願わくば、今後の佐山サトルの人生に正当な評価があることを望む。
佐山サトルの存在に人生を変えられた人間は、本当にたくさん居る筈なの
だから。