ヒポクラテスの誓い

▼ヒポクラテスの誓い / 中山七里(Kindle版)

わりとご無沙汰の中山七里作品。
タイトルの「ヒポクラテスの誓い」は、古代ギリシャの医師、ヒポクラテスが
医師の職業倫理について書いた宣誓文。いわゆる“戒め”の類いであり、医大と
名の付くところならどこでも1枚は掲示されている文章らしい。

冒頭、不本意な異動となった研修医准教授は問いただす。
「この誓いの中で、患者を生きている者と死んでいる者とで区別していますか?」
と。そう、舞台は法医学教室。傑作医療マンガの「きらきらひかる」や、米国
の人気ドラマ「CSIシリーズ」等と同じ系統の、”死体の声を聴く”系の物語である。

久々に骨のある医療ミステリーを読んだ感。
専門用語も多々飛び出すが、それら全てに不自然でないサラッとした説明がしっ
かり付いてくるため、読中に混乱することはまず無い。死体を解剖する、と言う
下手すれば非生産の象徴とも取られかねない行為の重要さがヒシヒシと伝わって
来る。

それだけでなく「遺体を解剖に回す」という行為を嫌いがちな日本人のメンタル
にまでキッチリ踏み込んでおり、ヒューマンドラマとしての読み応えも充分。
さらに「切り裂きジャック」の若手刑事・古手川和也もキーマンとして再登場し
ており、いろんな意味でファンを裏切らない傑作と言って良いと思う。

これは映像で観たいなぁ、と思っていたら、10/2よりWOWOW連続ドラマW
の枠で放映される模様。こっちも要チェック。北川景子に全てが掛かってる!

風呂ソムリエ

▼風呂ソムリエ ~天天コーポレーション入浴剤開発室~ / 青木祐子(Kindle版)

青木祐子天天コーポレーションシリーズ(?)を連続で。
「経費」でも登場した森若さんの同期・入浴剤開発研究員鏡美月と、研究所
受付嬢を務める派遣OL砂川ゆいみ2人の女性主人公。どちらも「経費」
にチラッと登場して来た人。どうやらまたもや順番を間違ったようで、こちら
の方が先にリリースされた作品らしい。

入浴剤の開発にまつわるヒューマンエピソードスーパー銭湯愛好家としては
非常に興味深い内容で、あっちの「お金」の話よりも断然を感じる。両極端
な主人公たちに徐々に友情が芽生えていく様も、同じく両極端な恋愛模様も程
よい味付けになっており、妙にほっこりするお話。

「家庭で温泉を再現する」というのは正直言って無理だと思うのだが、そうい
う夢を実現しようとしゃかりきに頑張る人たちに感情移入せざるを得ず。天然
温泉では無い銭湯に本物そっくりなお湯を再現するには、高性能な入浴剤の
開発はマスト。作者はバスクリン社を取材したらしいのだが、そういう開発者
の拘り的なモノが多分に感じられる佳作だと思います。

別にシリーズと言うわけでは無いと思うのだけど、天天コーポレーションの他
の人のエピソードがあるのなら、是非続編を期待したいところ。両作品共通で
悪役を演じた秘書さんのエピソードなんて、かなり読んでみたい気がする。

・・・他の作品はちょっとラ系の雰囲気が強すぎて、読む気になれないので(^^;)。

これは経費で落ちません!

▼これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ / 青木祐子(Kindle版)

Kindleストアリコメンド作品。 青木祐子作品は多分初めて。
完全にタイトルに惹かれて購入した作品。経理vs営業というのはどこの会社
でも頻繁に存在する紛争であり、そのあたりの息詰まる攻防戦が読める!、
と思って購入したのだが・・・。

正直言えば、タイトルに偽りアリだと思う(^^;)。
もちろん、生々しくて息詰まるような攻防戦はちゃんと登場するのだが、この
作品の主人公はどちらかといえば営業の立場をちゃんと考えてくれる協力的な
経理担当。「これは経費で落ちません!」などと言う言葉を発する場面は無く、
どちらかと言えば「そりゃあいくらなんでも無理だろ?」という経費をなんと
か落としてくれようとする「神」のような人物。そして美人(^^;)。
いっそのことタイトルを「コレはなんとか落としましょう!」とかにすれば良
かった気がする。編集にセンスが無いのかなぁ・・・。

まぁ、そういう「孤高のヒロイン」的なテイストに溢れる佳作ではあるのだが、
いくつか気になった点も。登場人物の固有名詞が多々出てくるのだが、人物に
よってで呼んだり名で呼んだりとかなりチグハグ。女性ばかりが3〜4人登場
し、名字名前が入り乱れた状態になるとかなり混乱する。そのあたりをきち
んと整理して貰えれば、おもしろさは倍増すると思うのだが・・・。

とはいえ、全般的な印象はかなり「良」
他作品のラインナップを見るとラ系の雰囲気が色濃くて躊躇するのだが(^^;)、
関連のもう1作品は読んでみようと思う。表紙もはまぁ、アレなんだけど♪

危険なビーナス

▼危険なビーナス / 東野圭吾

「人魚の眠る家」からおよそ9ヶ月振りとなる東野圭吾の新刊。
年間で2〜3冊はかなり充実した新作を読ませてくれる大家だが、今回は
かなり時間が空いた。しかし、前作がかなり重たいテーマだったので、
このブランクは逆に丁度良い具合。勢い込んで読んでみた。

突然現れた種違いの弟の妻を名乗る人物。彼女から弟の失踪を聞かされ
獣医主人公は、彼女と共に弟の捜索に乗り出す。しかし、行動
を共にするにつれ徐々に彼女が気になり始め・・・という内容。

・・・なんというか、かなり痛快(^^;)。
エピソードは大まじめでかなりハードな内容なのだが、主人公獣医
その周辺の人たちのキャラクターコミカルに描かれているおかげで、
タッチは軽く非常に読みやすい。事件の真相もさることながら、弟の嫁
本気で惚れてしまう兄の心模様を追うのが実に楽しい。

もちろん東野圭吾だから、ミステリー部分もサイエンティフィック
恐ろしいぐらい秀逸なのだが、ヒューマンドラマ部分の面白さがコレを
軽く凌駕している。東野ミステリーでこういう状況なのは、もしかした
ら初めてなんじゃないだろうか?

間違い無く、氏の新境地
気合いの入ったミステリーマニアも、ちょっとした恋愛小説マニアも、
双方の琴線に触れること請け合い。待った甲斐あったな、9ヶ月!

セカンド・ワイフ

▼セカンド・ワイフ / 吉村達也(Kindle版)

これまた久しぶりの吉村達也作品。
系統的には情愛系ヒューマンホラーであり、この作家が非常に得意と
する分野。もちろん今回もタイトルから内容予想をした上で読んだのだ
が、またもや・・・。

10歳年上・バツイチの男と結婚した見た目だけ清楚系今どきオンナ
主人公。この上なく優しく、家事全般を完璧にこなす旦那を得て、内心
ほくそ笑んでいた主人公が、あることをキッカケに旦那に疑問を抱く。
旦那の過去を調べ始めた主人公は、前妻との出会いで衝撃的な事実を知
ってしまう・・・といった内容。

キーワードはタイトルの「セカンド・ワイフ」。このどうにでも取れる
言葉を上手く利用した叙述トリック要素もあるヒューマンミステリー
のだが、やっぱり少し落とし込みが甘いような気が。クライマックスに
入る直前の章でほぼ謎に気付いてしまうし、ハッキリ言えば必要の無い
キャラクターも何人か見受けられる。着眼点は決して悪く無いので、そ
のあたりを意識して補強していけば、もっと良い作品になった気がする。

ただ、悪いところばかりが目に付くワケでは無い。
文章に無駄が無く、思ったよりも短い物量であっという間に終わらせる
構成力は見事だし、読んでいて飽きたり疲れたりする事は無い。読むモ
ノに困った時に手を出しやすい、というのが僕の評価であり、おそらく
今後も吉村達也に手を出す気がする。これって結構なアドバンテージ
のではないだろうか?

ということで、新しい作家にチャレンジしたい人には選択肢の一つとし
てオススメ。ちょっとドロドロなヒューマンモノが好きな人、どうぞ!